プロローグ2 ある農民の不運な開幕

 ここにも1人、チートスキルにもハーレムにも無縁な庶民が居る。 


 宿屋どころか酒の飲める店もないような田舎の農村で、りんご畑を耕す農民だ。


 名前はユージン・リラード。


 暑い最中に汗水垂らして、いじましい暮らしを送っている。


 悲しいけれど、人生は別れだ。両親の顔を知らないユージンは、十になる前に唯一の肉身である爺さんとも死に別れた。


お隣さん家の幼馴染は、そんなガキを憐れんでくれた。ウチで一緒に暮らそうとまで言ってくれたのだから、ガキはガキでも世間様を恨んでばかりも居られない。


 けれど優しさに感謝しながらも、ユージンは爺さんの残したりんご畑を受け継いで自活する道を選んだ。


 幼馴染の父親は娘の発言を喜んでいなかったし、人様のお世話になるよりも、てめえで苦労を背負い込んだ方が気楽という損な性分だったのだ。


 隣家の子である少女は泣いた。仲良しの幼馴染と一緒に住める日を心待ちにしていたのだ。だけどユージンは、泣きじゃくる少女の頭を撫でて、人より幾分早い独立の一歩目を踏み出した。


 もちろん初めは上手くいかない。収穫は爺さんと2人でやっていた時の3分の1以下。


 それでも意地を張って2年。試せることは全部試して、ようやく半分くらいが見えてきた。


 苦労に負けるな頑張れと。爺さんとの思い出を頼りに朝もはよから畑に繰り出して、カラスが山に帰ったってうんうん頭を捻り続ける。


 その間、ユージンは村人に何度も諦めろと言われた。お隣さんは折よく村長だ。こんな時のための村長なんだ、さっさと頭を下げて養子になれと言われれば心も揺らぐ。幼な児が金のことを気にしながら独りで過ごす夜は長かった。


 それでもお節介な幼馴染の助けもあって、ようやく爺さんの背中に追いついたのがそれから3年後。


 十代も半ばを超えて、畑は爺さんが生きていた頃よりずいぶん賑やかになっている。ユージンのリンゴ畑は、小さいながらも村でもっとも美しいと評判だ。


 市場に出せばお得意さんによる争奪戦が始まり、王都のレストランに出荷されれば貴族が舌鼓を打つ。それは高価な財産も、人が羨む地位も持たぬ平凡な農夫の唯一の誇りになった。


要するに勤勉の人である。雨にも負けず、風にも負けない。そんな少年の姿に、いつしか村人も感心していったものである。


 そんなユージンのリンゴ畑が。誇りにして平穏な世界の象徴が。


 ある日いきなり吹き飛んだ。


 日常と誇りは見るも無惨な姿に成り果てていた。


 たわわにリンゴを実らせていた木々は無惨に引き裂かれ、丁寧に整備されていた大地には草の一本も生えていない。隕石でも降ってきたかのように、えぐれた地面はのっぺりとした地肌を晒している。


「おいおいおいおいおいおいおいおい」


 隣に並ぶ幼馴染は混乱の極地である。ただでさえ乏しい言語中枢がお亡くなりになったようで、壊れた蓄音機のようになっている。かくいうユージンも頭の中は真っ白だ。


 砂塵の舞い上がる、かつてリンゴ畑だった場所の中心に目を凝らすと、そこには呆けたようにあたりを見回す集団が見える。


 それは見たこともない服装に身を包んだ、少年少女たちだった。


「なしてこうなった」

 

 呆然と呟いて、ユージンは失われたいつもの日常を思い返した。

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