第35話 黒幕の正体【後編】


 玉玲も噴出しそうになる負の感情を抑えて尋ねた。


「誰なんですか? あなたにひどいことばかり命じたのは?」


 黒幕は高貴な家の人間、かつ幻耀がいなくなることで得をする人物。

 最も疑わしいのは三人。太子の座につかせたい皇子がいる夫人たちだ。皇后の座を虎視眈々こしたんたんと狙う九嬪きゅうひんの誰かである可能性も捨てきれない。

 その中のいったい誰が――。


 鼓動を高鳴らせる玉玲と幻耀に、文英が瞼を開くと同時に告げる。


「お答えいたしましょう。私に林淑妃と殿下を暗殺するように命じた方の名は、姜若曦きょうじゃくぎ。暘帝国の皇后です」


 衝撃的な告白に、玉玲と幻耀は極限まで目を見開いた。


「…………まさか」


 とても信じられず、口から乾いた声がこぼれる。

 だって、皇后は幻耀の後見人で、最大の味方であるはず。


 驚愕の表情を浮かべる二人に、文英は暗い目をして説明した。


「驚かれるのは無理もないことかもしれません。ですが、全ては姜氏の思惑通りでした。淑妃様を殺すことで、彼女は最も才能があるとされる皇子の後見人になることができた。姜氏は幻耀様、あなたを駒にすることで皇后の座を射とめたのです」


 玉玲は話が呑みこめず、瞠目したまま口を挟む。


「それって矛盾していませんか? 太子様は皇后様にとって最大の武器。太子様がいなくなれば、皇后の座も危うくなるはずなのに。暗殺を謀るなんて」

「それは、他に扱いやすい後継者を見つけたからです。第十三皇子。幼いながら、高い霊力を備えた有望株だと聞きます。亡きご生母の実家は、我が国で多くの宰相を排出している名門貴族の家。程貴妃ていきひの実家以上に力を備えた名家です。先だって、姜氏は呉家の当主と密約を交わされました。次期太子に第十三皇子を立てようと」


「せっかく後ろ盾をしている皇子が太子の座についたのに?」


 理解できずこぼした問いに、文英も怪訝けげんそうに眉をひそめて答えた。


「私も確かな理由までは聞いていないのですが、心許こころもとないと思われたのかもしれません。林淑妃のご実家には何の力もありませんから。呉家が背後にいれば、今後程貴妃になめられることもない。姜氏は幻耀様の掲げる政策にも不満を抱かれているようでした。殿下は意思が強く、傀儡かいらいとはなりえない。だから、幼く扱いやすい皇子を今のうちに手なづけ、自らの理想とする君主に育てあげるおつもりだったのではないでしょうか」


 説明を受けても、玉玲にはさっぱり理解できない。姜氏の考えが。

 幻耀のことをいったい何だと思っているのか。

 次第に怒りがこみあげてきて、抑えきれなくなる。


「それって、御しやすそうな名馬を見つけたから鞍替くらがえしようってことですよね。許せません! そんなことで、養育していた皇子をあっさり殺そうだなんて!」


 もちろん文英を脅し、利用し続けてきたことも、幻耀の母親を殺すよう命じたことも全て。彼らを苦しめ続けた皇后が、絶対に許せない。


「お怒りはごもっともです。ですが、姜氏の罪を明らかにすることは難しいかもしれません。彼女は狡猾こうかつで非常に用心深く、証拠を残しませんから」


 怒りをみなぎらせる玉玲に、文英は暗い顔をしたまま指摘する。


「護符の作成者に証言させれば? 皇后に命じられて作ったのだと」

「万が一、護符の出所を突きとめられた際は、私に命じられて作ったと言うように作成者を脅迫しています。私が罪に問われるだけでしょうね」


「じゃあ、あなたがそのことを証言すれば」

「私は一介の宦官ですよ? しかも謀反人の末裔です。誰が私の証言など真に受けるでしょう。証言したとしても、権力でねじ伏せられてしまいます。彼女の背後には、すでに呉家がついていますからね。決定的な証拠でもないかぎり、姜氏の罪を立証することはできないでしょう」


 文英に説明されて、玉玲はハッと気づいた。

 そうだ、証言してしまえばきっと、文英の身の上まで精査される。祖父が謀反人であることを暴かれるばかりか、彼自身も罪に問われることになるのだ。そんなことはさせられない。


 ならば、いったいどうすればいいのだろう。姜氏の罪を暴くためには。


 幻耀に意見を聞こうと思い、隣に目を向けた時だった。


「太子様!?」


 ふらついた幻耀の体を、玉玲はとっさに支える。


「心配するな。軽いめまいだ」


 幻耀はそう言ってひたいを押さえ、玉玲の体から離れた。


 もともと体調が悪かったのに、こんな話を耳にしては無理もない。ずっと後ろ盾をしてくれていた養母が、母親と自分を殺すように命じたなんて聞かされては。

 相当衝撃を受けているのだろう。どうにか立つことはできているようだが、顔色の悪さが尋常ではない。血の気がいっさいなく、まるで死人のようだ。


 ――死人?


 その言葉をくり返したところで、脳裏にパッとひらめきが走った。


 しかないと確信した玉玲は、さっそく幻耀に申し出る。


「太子様、具合が悪いところ申し訳ないのですが、頼み事をしてもいいですか?」


 幻耀は死人のような顔色のまま、玉玲を見て尋ねた。


「何をさせるつもりだ?」


 彼の疑問にすぐには答えず、頭の中で細かい作戦を組み立てていく。

 もはや姜氏には何の遠慮も必要ない。必ず罪を認めさせてやるのだ。どんな手を使ってでも。幻耀の母親を亡き者とし、彼らを苦しめた報いは受けてもらう。


 眉をひそめる幻耀に、玉玲は決意をみなぎらせて言った。


「証拠がないなら、罪を白状させればいいんですよ。自分からね」

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