第17話 鬼が招く病の対処法【後編】
印紙を折り畳んだ幻耀は、相変わらず冷ややかな表情で話を続けた。
「瘧鬼は北後宮にいるあやかしとは
「わかってます。人に害を与えるあやかしがいることは。瘧鬼を払わないと病は収まらないことだって。でも、殺すことはないんです。むしろ殺せば、次なる災いを招きます」
「……何?」
「知っていますか、太子様? あやかしは斬ると、大量の
玉玲は助言の根拠を説明し、十二年前の出来事を思い返す。
村にやってきた青年があやかしたちを斬った時、黒い靄が発生した。
青年たちが去り、しばらくすると、鈍色の空気をまとった小さな鬼がやってきたのだ。
とたんに、村の人々は熱病にかかり、次々と倒れていった。
玉玲は、人に悪い空気を振りまく鬼が原因だと気づき、追い払おうと奔走した。
しかし、鬼には言葉が通じず、いくら話しかけても村から去ろうとしてくれない。
ある日、鬼が刃物を怖がっていることに気づき、仕方なく包丁を投げて脅してみたのだ。
すると、鬼は瞬く間に去っていき、村人たちの病も快方に向かっていった。
黒い靄が消えていたおかげか、それ以来、鬼が村にやってくることはなかった。
漣霞から瘧鬼の話を聞いて、玉玲は昔のことを思い出し、幻耀に手紙を書いたのだ。
「瘧鬼も斬ると、大量の瘴気を発生させると思うんです。それは消えることなく後宮に残り続けていたんじゃないでしょうか? だから、瘴気に引き寄せられ、鬼が活発になる時期に毎年やってきた。殺された瘧鬼の瘴気だけではないと思います。私、南後宮に来た時から、空気の悪さが気になってたんですよ。北後宮は更にひどい。たぶん、抑圧されたあやかしたちの不満や負の感情が、瘴気として流れ出たんじゃないかって思ったんです」
説明の根拠を問われたら、経験に基づく勘、としか答えられないのだけれど。今までに勘が外れたことは一度もない。
「……あんた、だからやたらと空気のことを気にして……?」
ずっと目を見開いていた漣霞が、疑問を挟んでくる。
「そうだよ。あやかしたちの不満を解消して、空気をよくできればいいと思ったの。そうすることで、瘧鬼が二度と寄ってこないんじゃないかって。退治して一度消えたとしても、また寄ってきたら同じことのくり返しでしょう? だから、どこかでその循環を断ちきれたらいいと思ったんだ。そうしないと、また後宮の人たちが苦しむから」
玉玲は熱意を胸に秘め、活動の真意を口にした。
「私は私のやり方で北後宮をよくしたい。それは南後宮のためにもなる。あやかしたちを笑顔にすることが私の仕事かなって、ここに来た時思ったんだよね。だから、協力してもらえないかな? 漣霞さんが力を貸してくれたらすごく心強い」
再度懇願してみたものの、漣霞は何も答えず、ただ目を丸くしている。
まだ頭の整理がついていない様子だ。
しばらく考える時間を与えることにして、玉玲は幻耀に視線を移した。
「太子様には瘧鬼の対処をお願いします。見つけても、どうか殺さないでください。瘧鬼はなぜか刃物を異様に恐れてますので、剣や刀で脅して恐怖心を植えつければ、しばらく近づいてこないはずですから。あとは、後宮の空気さえよくしていければ」
いまだに漂っている濁った空気を眺めながら考える。もしかしたら、北後宮から流れこんでくる空気が、南後宮の女性たちにも悪影響を及ぼしているのかもしれない。
宮女たちが極力人と関わろうとせず、
変えていきたいと強く思う。まずは、あやかしたちが暮らすこの北後宮から。
「お前には本当に瘴気まで視えるのか?」
決意を固めていたところで、幻耀が
「はい。太子様には視えませんか? 本当に少しですが、前より空気がよくなっていると思うんですけど」
玉玲は辺りを見回しながら答える。昨日あやかしに料理をふるまってから、徐々に空気がよくなり、今日一日でぐっとやわらいだ気がした。一部の空気だけで、北後宮全体を見ればまだまだだと思うのだけど。これからよくするということで、大目に見てほしい。
祈るような気持ちで返事を待っていると、幻耀は険しい表情で口を開いた。
「わかった。とりあえず一度だけお前の意見を採り入れる。だが、一年以内にまた瘧鬼が発生した時は斬るぞ。病の
「わかりました。この対処法が正しいか、はっきりしてるわけじゃありませんし、人命優先ですからね。私は次の感染者が出ないように、ここの空気をもっとよくしていきます。あやかしたちが暮らしていきやすいように」
玉玲は改めて幻耀に決意を伝える。
これからも己の信念に従って活動を続けていこう。正しいと思うことを貫けば、きっと周りの空気はよくなっていく。あやかしたちや後宮の女性にも笑顔が戻り、二度と瘧による被害者は出ないはずだ。周囲に笑顔が満ちれば、楽しんで仕事をするという養父との約束を守ることにも繋がるだろう。
「瘧鬼の捜索に戻る。退治に出ている他の皇子たちにも対処法を知らせなくてはな」
やる気をみなぎらせる玉玲に、幻耀は淡々と告げて
「いってらっしゃい。お気をつけて」
玉玲は笑顔で幻耀を見送る。
人の話をちゃんと聞いてくれる誠実な男性だと思った。言葉と行動で示していけば、あやかしたちに対する印象も改めてくれるかもしれない。
今はまだ心を閉ざしてしまっているけれど。周りの空気から変え、信じられるものを一緒に見つけていけば、いつか彼にも笑顔が戻るはず。日だまりのように温かくて優しい笑顔が。
「思っていたよりも思慮深く、周りのことが見えているようだな」
部屋を出る間際、幻耀が独り言のようにつぶやいた。
はっきり聞き取ることができず、玉玲は目をしばたたく。
玉玲の耳には、扉の閉まる音だけが響いた。そして、
「私も、何も考えてないただバカなお人好しかと思ってたけど」
近くにいた漣霞のひそやかな声が鼓膜に届く。
「え、何? 今、私のことバカにした?」
「そう聞こえたんだったら、あんたはやっぱりただのバカよ」
眉根を寄せる玉玲に、漣霞はあきれたように言って、つんと顔を背けた。
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