第16話 鬼が招く病の対処法【前編】


 充実感と気がかりを胸に、北後宮三日目の夜は更けていく。


 玉玲はこれまでことを振り返りながら、臥牀しんだいに寝転がった。

 猫怪や狐精たちとは順調に仲よくなれているが、漣霞との仲は冷えこむ一方だ。

 彼女が玉玲を拒む理由は何となくわかっている。幻耀に従う理由も少しだけ。

 でも、漣霞は気持ちを引きだそうとしても、かたくなに拒絶してしまう。

 もっとはっきり指摘してやった方がいいのだろうか。簡単に認めるとは思えないけれど。


「玉玲」


 黙考していたところで突然、男性の声が響いた。

 玉玲はビクリと体を震わせ、部屋の入り口に目を向ける。


「太子様!? びっくりしたぁ。全然気配がなかったから」


 吃驚する玉玲を冷ややかに眺め、幻耀はいつもよりも低い声音で言った。


「漣霞から聞いたぞ。あやかしたちの感情をあおるようなまねばかりしているらしいな。余計なことはするな。直ちにやめろ」


「でも、あやかしたちは喜んでくれているし」

「そんなことは関係ない。せっかく漣霞が保ってきた秩序を乱されると困るのだ。お前はもう何もするな。これからあやかしたちの監視は全て漣霞にまかせる。言うことを聞けないのであれば、お前は北後宮から追放して――」

「漣霞さん。どうしてそんなに気に入らないの? 私たちの目的は同じはずなのに」


 漣霞の言葉を押しとどめ、玉玲は切実な思いで尋ねる。


「何を言っている? 俺は……」

「漣霞さんが太子様に化けてるんでしょ? ばればれだよ」


 確信をもって指摘すると、幻耀もどきの漣霞は著しく眉をひそめた。


「……ばればれ、だと?」

「うん。人間って少なからず気配があるものだし、においだって微妙に違う。太子様はいちおう話を聞いてくれる人だし。初めは驚いたけど、すぐに漣霞さんだってわかったよ」


 幻耀にしては豊かな表情が、玉玲の笑いを誘う。

 まあ、動物並の嗅覚と敏感さがなければ気づかなかっただろう。初回こそ痛い目を見たが、変化できるあやかしがいるのだとわかっていれば、化かされることはない。

 玉玲は笑みを収め、真っ向から気持ちをぶつけることにした。


「漣霞さん、やっぱり太子様のことが好きなんじゃない? 私が妃としてここに来て、おもしろくなかったんでしょ?」

「なっ」


 漣霞が眉をつりあげると同時に頬を赤らめる。

 幻耀だったら絶対にこんな顔はしない。


「私は太子様に、あやかしたちが悪さをしないように導けと言われてここに来た。それって、漣霞さんの仕事と一緒でしょう? だから、役割を取られたみたいで悔しかったんじゃない? 私が同じ仕事をまかされちゃったから、太子様に信用されていないように思えて、寂しかったんだ。違う?」


 玉玲は忌憚きたんなく考えを伝える。

 彼女がなぜ玉玲を敵視し、追いだそうとしてきたのか。仲間に裏切り者と言われてまで幻耀に従っているのか。全て幻耀を慕っているからだと思えば納得できた。

 特権のためではなく、彼女は純粋に幻耀の役に立ちたかったのだ。己の存在価値を示すことで、彼に認めてほしかったのかもしれない。


「大丈夫だよ。私がここで何をしようと、あなたの存在価値はなくならない。思うんだけど、太子様が私をここの監視役にしたのは、あなたのことを信用してないからじゃなくて、負担を減らそうとしたんじゃないかな。二人であやかしがらみの問題を解決できれば、ずっと楽だから。この区域は、より暮らしやすい場所になるからって。もしあなたのことを信用してないなら、とっくに特権を奪っているはずだもの」


 玉玲は二人の心情をおもんぱかり、一番伝えたかった思いを口にする。


「だから、これからは一緒に太子様の力になろう。協力してみんなのために働こう。私、誰よりも漣霞さんと仲よくなりたかったんだ」


 彼女が力になってくれたら、こんなに心強いことはない。


 化かされたように瞠目どうもくしていた漣霞だったが、微笑みかけると、ようやく口を開いた。


「何言ってんのよ。あたしは――」


 彼女が反論しようとした刹那、部屋の入り口からガタンと物音が響く。


 突然、扉の前に現れた男性を見て、漣霞も玉玲も大きく目を見開いた。


「漣霞、何だその姿は? なぜまた俺に変化している?」


 幻耀が漣霞を鋭く見据えて問いただす。


 思いがけない展開に、玉玲はゴクリとつばを呑みこんだ。まさかこんな状況で本物がやってくるとは。

 漣霞は一瞬でもとの姿に戻り、おびえたように肩を震わせている。


「ふざけたまねをすれば、特権は取りあげると言ったはずだぞ」

「違うんです、太子様! これは、その、私が漣霞さんにお願いしたんです。最近、太子様が全然姿を見せなくて、寂しいから化けてみてって……」


 とっさに玉玲は出まかせを言って、漣霞をかばった。

 だが、嘘が不自然すぎることに気づき、視線をさまよわせる。

 幻耀は眉をひそめ、明らかに怪訝けげんそうな表情だ。

 これは下手な嘘でごまかすより、正直な思いをぶつけた方がいい。


「漣霞さんから特権を奪わないでやってください! 彼女は太子様の役に立とうと、精一杯がんばっています。太子様に化けたのは、問題を起こしたかったからじゃありません。ちょっと行き違いがあって。でも私たち、絶対うまくやっていけると思うんです。だから、お願いします。漣霞さんと私のことを信用してください!」


 深々と頭を下げ、幻耀に理解を求める。まだうまくはいっていないけれど、仲よくなる自信はある。目的は同じだから。彼女は仲間に悪く言われようと、誰かのために動ける情の深いあやかしだ。対話を続ければ、自分のこともわかってもらえるはず。理解し合えばきっと、心強い味方になってくれるだろう。


 切願しながら頭を下げていると、幻耀は長い沈黙を置いて、溜息まじりに告げた。


「そこまで言うなら、今回のことに関しては目をつぶろう」


 玉玲はパッと顔をあげる。

 やはり、彼は話のわかる人間だ。心根はきっと優しい。


「それより、これは何だ?」


 感じ入っていたところで、幻耀が見覚えのある印紙かみを突きだしてきた。


「無視しようかと思ったが、ここに書かれていることが気になって来た」


 玉玲は自分が書いた手紙を黙読する。


“瘧鬼を見つけても斬るべからず。刃物で脅すだけにとどめよ”

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