第25話 太子暗殺【後編】
犯人は最低でもふたりいる。あやかしの方は特に捕まえるのが難しそうだ。普通の人には視えないのだから。
「おいらも、最近お前たちの他に人間を見かけなかったか、仲間たちに訊いてみるわ」
思い悩んでいたところで、莉莉がそう言って
「莉莉!」
玉玲はとっさに彼の名前を呼んで引きとめる。
「ありがとう。私たちのために宴の会場を見張ってくれていたことも。莉莉がいなかったら、気づくのが遅れて大変なことになっていたと思う」
全然協力するそぶりを見せなかったのに、莉莉はずっと隠れた場所から見守ってくれていたのだ。そのうえ、玉玲の要請に応じ、刺客を追跡してくれた。刺客は普通の人間で莉莉を視認できないと判断してのことだったが、危険な行為だったかもしれない。
感謝と反省が入りまじった顔をする玉玲に、莉莉はしっぽを向けたまま主張した。
「別に。お前にはいつも飯食わしてもらってるから、恩を返しただけだ。太子のためとかじゃねえし。犯人について調べるのも、一度探偵ってのをやってみたかっただけだ。好奇心からであって、太子のためでもお前のためでもねえっ」
素っ気ない物言いをする莉莉に、漣霞がにやにやと笑って告げる。
「あら、今度は探偵ごっご? 猫が気取っちゃって、かわいいわね」
「猫じゃねえっ! なめんなよ! 絶対おいらが犯人を捕まえてやるからな!」
目を三角にして宣言すると、莉莉は意気込みをあらわに窓から駆け去っていった。
漣霞が莉莉をからかったのは、やる気と闘争心をあおるためだったのかもしれない。
頭脳派を自称している漣霞に、玉玲は期待を込めて尋ねる。
「犯人、見つかるかな?」
「どうかしらね。これまでにも似たようなことがあったけど、犯人が捕まったことはなかったから。第二皇子が幻耀様を直接手にかけようとした件は、例がちょっと違うし」
第二皇子の話を思い出し、玉玲の胸は
「第二皇子が太子様を襲ったのは、皇位が欲しかったから?」
「そう聞くわね。昔はそれなりに親しい間柄だったから、相当衝撃が大きかったんでしょう。あれ以来、幻耀様はますます周りに人を寄せつけなくなっちゃって」
「親しい間柄だった?」
「ええ。第二皇子の母親は、彼を産んですぐに亡くなったのよ。それで、幻耀様の母親が何年か第二皇子を養育してたから。幻耀様とは九つ年が離れてたんだけど、子供の頃は第二皇子が幻耀様の面倒を見たり、あやかし退治の教育をしたりもしていたわ。第二皇子はかなりあやかしに対して非情でね。逆に幻耀様はあやかしにも優しかったから、第二皇子のように変わってしまった時は、本当に悲しかったわ」
昔のことをまざまざと思い出したのか、漣霞は暗い表情でこぼし、深い溜息をついた。
「太子様が変わってしまったのは、お母様のこともあったから?」
「それが一番大きな理由でしょうね。幻耀様のお母様を殺したのは、彼が信頼していたあやかしだったのよ。人間に変化できて、お母様とも親しい
玉玲は胸を
「どうしてそのあやかしは、太子様のお母様を殺したの?」
「ただ憎らしかったから。そう供述したらしいわ。その言葉も最悪だったわね。あやかしは衝動的に殺す悪者だっていう認識を幻耀様に植えつけてしまったのよ。信頼していても簡単に裏切る存在なんだってね」
これまで幻耀に言われた言葉の数々が、玉玲の脳裏に甦る。
『あやかしは
『やつらは簡単に人を傷つけるぞ。油断すれば、すぐに牙を剥く』
だからだったのだ。彼があやかしに対して厳格なのも、何も信じられなくなったのも。
親しかった人やあやかしに裏切られたから。
「お母様を殺した樹妖は、その後どうなってしまったの?」
「幻耀様が妖刀で斬って滅したわ。当時は太子だった皇帝に命じられて。仕方のない処罰だけど、まだ十歳だった幻耀様に手を下させるなんて、ひどい父親だと思ったわ」
目を見開く玉玲に、漣霞は次第に憤りをみなぎらせながら話し続ける。
「第二皇子の冷酷さは父親譲りね。当時、皇帝は病がちだった先帝の代わりに政務を
話が終わる頃には、漣霞の双眸に悲しみの色が戻っていた。
玉玲はいつの間にか震えていた手を握りしめる。
何て悲しく残酷な過去なのだろう。これでは、誰も信じられなくなっても無理はない。
彼が胸に受けた
涙をこらえるように瞼を伏せていた時、すぐ側からかすかな声が聞こえてきた。
「……うっ」
幻耀がこぼしたうわごとだと気づき、玉玲は顔を近づけて呼びかけてみる。
「太子様?」
幻耀は目を閉じたまま、苦しそうにつぶやいた。
「……はは、うえ……」
もしかしたら、母親の夢を見ているのかもしれない。つらい過去の夢を。
玉玲はとっさに幻耀の手を両手で握りしめた。
「大丈夫です。太子様を決して一人にはしません。私がずっと側にいて、あなたのことを守ります。だから、今は安心して眠ってください」
不安を取りのぞくように、努めて優しい声音で語りかける。穏やかな夢となるように。
彼をこれ以上苦しめたくない。いつでも笑っていてほしい。だから、彼のためにできることがあるなら何だってしよう。自分が全力で彼のことを守る。
思いを新たにしながら幻耀の手を握りしめていると、漣霞が静かに歩きだした。
「漣霞さん?」
どこに行くのだろうと、玉玲は彼女を呼びとめる。
「あたしは宮殿の入り口を見張ってる。刺客があやかしだったら、普通の人間を見張りに置いていても意味がないでしょ。視えないんだもの。あたしがあやかしを監視してるから、あんたは側にいて、幻耀様を守りなさい。いいわね?」
漣霞は背中を向けたまま、素っ気なく言った。
「うん。漣霞さんもありがとう」
玉玲は率直に感謝の気持ちを伝える。たくさん話を聞かせてくれたこと。幻耀を守ろうとしてくれていることも。彼女がいてくれて、本当に心強い。
「別に。幻耀様のためだから。あんたに礼を言われる筋合いはないわよ」
漣霞はいつものようにつんとして返し、部屋を出ていった。
こんな夜でも仲間たちがいてくれるから、絶望せずに過ごすことができる。
あとは幻耀が回復してくれたら。祈るような気持ちで、眠る彼の顔を見つめる。
気持ちが通じたのか、幻耀の表情が少しだけ穏やかになった。
苦しそうな息づかいもうわごとも、もう聞こえてこない。きっと悪夢は去ったのだ。
玉玲は幻耀の右手を握りしめたまま、ひたすらに願う。
どうか彼に平穏を。これから見る夢も未来も、明るいものとなるように。
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