第13話 注文の多い料理人


 玉玲は北の乾天宮けんてんきゅうへ向かってひた走る。玉玲と幻耀が夜を過ごしている宮殿。文英が重点的に清掃をしている場所だ。文英と会う確率が一番高い。

 これからやろうとしていることには、彼の協力がいる。


「文英さ~ん!」


 予想通り、文英は乾天宮の入り口にいた。玉玲は走りながら元気よく声をかける。


 ほうききざはしを掃いていた文英は、いったん掃除をやめ、玉玲の方に目を向けた。


「これは玉玲様。何かご用でしょうか?」


 彼の前にたどりついた玉玲は、息を整えて願い出る。


「準備してほしいものがあるんです」


 必要な物をあげていくと、文英は不思議そうに目をしばたたいて尋ねた。


「ご用立てはできますが、そのようなものを何に使われるのですか?」

「ふふ、ちょっとね」


 玉玲は片目をつむってはぐらかす。機会があったら、彼にもを見せて驚かせたい。できれば幻耀にも。今は仕事で、それどころではないと思うけれど。


「太子様はまだ戻らないんですか?」

「はい。瘧鬼がなかなか見つからないようでして」


 幻耀は昨日の朝別れて以来、一度も北後宮に姿を見せていなかった。彼は彼で瘧鬼に手こずっているようだ。

 昨日の昼、瘧鬼の退治に関する助言を印紙かみに書き、幻耀に渡すよう頼んでいたのだが。


「手紙の方は渡してもらえましたか?」

「もちろんです。すぐに読んで、首を傾げていらっしゃいました」


 文英の回答に、玉玲はひとまず安心する。読んでくれたのであれば大丈夫だろう。幻耀は意外に人の話をちゃんと聞いてくれる男性だ。


「なら、私はここでできることをしないとね。それじゃあ文英さん、準備の方はよろしくお願いします。私はお昼ごはんの支度と練習がありますので」

「……練習?」


 文英の疑問に玉玲が答えることはなかった。

 すでに走りだしていた玉玲は、そのまま御膳房の方角へと向かっていく。


「元気なお方だ」


 一人残された文英は肩をすくめ、朗らかな表情でこぼしたのだった。



   ※



 昼下がりの日差しが降り注ぐ広場に、色とりどりの猫怪たちが集っている。総勢四十匹あまり。昨日の朝、食事をした猫怪たちがうわさを広めてくれたのか、一日で数が倍以上に膨れあがっていた。


 昨日から徐々に数が増えていたので、今日の昼は三十人前料理を用意したが、追いつかない。すぐに容器は空になってしまった。

 彼らの食欲は想像以上に強い。腹が満たされず、一部の猫怪は不満そうな顔をしている。


「みんな、来てくれてありがとう。今日の料理はどうだったかな?」


 玉玲はうれしく思いながら猫怪たちを見回し、感想を求めた。

 彼らに、より満足してもらうための努力は惜しまない。意見交換や交流は重要だ。


「味が濃くてよ。あたくしは上級嗜好なの。もっと上品な味つけにしてちょうだい」

「私はちょうどよかったが。何ぶん量が少ない。もっと量も種類も増やしてくれたまえ」


 いかにも高貴な毛並みの猫怪が、偉そうな口調で注文した。


「今度は猫まんまと呼ばれる料理が食べてみたい。我が輩は猫ではないがな」

「僕は『ばんばんじー』がいいニャ。次こそはたくさん食わせるニャ!」


 昨日の朝から常連になった三毛と茶トラも意見を伝えてくる。


 味つけに文句を言う子。独特な注文を出す子。ひたすら鶏料理を求める子。

 猫怪たちは結構好みがうるさい。数が増えれば増えるほど、注文も多くなる。

 でも、仲よくなるためにがんばらなくては。こうして意見を言ってくるのは、警戒心を解いてくれているということ。計画が順調にいっている証だ。周囲の空気も少しずつよくなっている気がする。

 この調子であやかしたちとの交流をどんどん深めていこう。


 気合いを入れた玉玲は、今日やろうと決めていた計画を実行に移すべく呼びかける。


「ねえ、みんな。今日はこの後、見てもらいたいものがあるんだけど。できれば、猫怪以外のあやかしにも伝えて、またここに来てもらえないかな?」


 必要な物は午前中に全部届けてもらった。あとはあやかしたちを集めるだけだ。


「料理が出るなら、来てやらなくはないぞ」


 莉莉が一番始めに応えてくれた。


「そうだな。食いながらなら見てやろう」


 他の猫怪たちも料理という条件つきで了承する。まだ食べたりていないらしい。猫怪は人間以上に食いしん坊だ。文英に追加で食材を用意してもらわなくては。

 玉玲は溜息ためいきをつきつつ、笑みを浮かべて応じる。


「わかったよ。じゃあ、私はもう一度料理を作ってくるから、みんなはこの話を広めて。どうぞよろしくね」


 彼らの喜ぶ顔が見られるのなら、調理なんてたいした苦労じゃない。目的意識を持ってのぞめば、どんな仕事も楽しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る