第12話 食いしん坊な猫怪たち

 

 翌日。

 朝早くに起床した玉玲は、御膳房で料理を作り、再び広場へとおもむいた。

 今度こそ手がつけられていることを願いながら確認するも、やはり料理には何の変化もない。日没時に置いたから、夜の冷気にさらされて品質は保たれていることだけが救いだ。昨日の夕方食べた物よりはおいしくいただけるだろう。

 玉玲は敷物の上に座り、残り物の饅頭に手を伸ばした。


「ん? 少し減ってるような気もするけど」


 違和感を覚えて、蒸籠の中を確認する。小籠包が一つ減っているような。

 何ぶんたくさん作ったものだから、数などしっかり把握していない。

 気のせいだと思うことにして、饅頭にかぶりつこうとした時だった。

 強烈な風が吹き、軽い蒸籠がひっくり返る。

 中にあった饅頭が風に飛ばされ、ころころと転がっていった。

 玉玲はあわてて敷物や軽い容器を押さえ、それ以上の被害を食いとめる。

 そして、風がやむのを待ち、転がっていった饅頭を追った。砂を払えば食べられるかもしれないし、そのまま放置するわけにもいかない。


 饅頭はさほど転がっておらず、近くの路に落ちていた。

 多少砂がついていたが、払えば何とか食べられそうだ。

 やれやれと、饅頭に手を伸ばす。

 すると、またもや風が吹いた。黒い突風が。

 いや、小動物だ。黒いもふもふが颯爽さっそうと饅頭を奪い取り、玉玲と距離を取って振り返る。

 いつかと同じような展開に、玉玲は目を丸くした。


「こいつはおいらが先に拾ったんだ。おいらのもんだぞ。文句あるか?」


 細長い絹布けんぷを首に巻きつけた小動物が、鋭い目つきで言い放つ。

 巻いているのは李才人りさいじん披帛ひはくだ。

 すると、あの黒いもふもふは――。


「猫ちゃん!」


 名前がわからなかった玉玲はそう呼んで、喜びをあらわにする。


「猫ちゃん、じゃねえ! おいらは猫怪の莉莉りりだ! あやかしだぞ? とっても怖いんだぞ? なめんな!」


 莉莉は玉玲をシャーと威嚇いかくし、饅頭に食らいついた。

 反抗的な態度を取りつつ、ちゃっかり饅頭を食べているのが微笑ましい。


「莉莉、おいしい?」


 玉玲は莉莉の側にしゃがみこみ、食事の様子を観察しながら尋ねる。


「けっ、全然たいしたことねえよ」


 莉莉は素っ気く答えた。そう言いつつ、饅頭にむしゃぶりついているところがかわいい。


「その披帛、似合ってるね。でも、動きにくいんじゃないかな?」


 莉莉には長すぎるのだろう。首にぐるぐる巻きになっていて、いかにも邪魔そうだ。

 玉玲は「ちょっといい?」と断りを入れ、手早く披帛をはぎ取った。

 そして、思いきって布を裂き、また莉莉の首にかけ直す。一周だけ巻いて蝶々結びに。


「なっ」


 莉莉は玉玲の行動に吃驚きっきょうし、三白眼ぎみだった目を丸くする。


「ほら、これなら軽くて動きやすいでしょう。かわいいし、すごく似合ってるよ」


 笑顔でほめるや、莉莉の頬がぽっと赤くなった。もちろん、猫には毛があるため皮膚の色は見えない。照れた気がしただけだ。あやかしは人語を解してしゃべるので、普通の猫よりもずっと反応が人間らしい。


 莉莉は他の料理と玉玲を交互に見比べ、そわそわしながら訊いた。


「他のも食っていいか?」

「もちろん! たくさんあるから食べて食べて」


 莉莉の口角があがり、金色の瞳はきらきらと輝く。


「仕方ねえな。食ってやるから感謝しろよ」


 夢中で料理にがっつく莉莉を、玉玲は微笑みながら見守った。

 言葉は若干ひねくれているが、表情や行動は非常に素直なようだ。おいしそうに食べる姿を見ているだけで、こっちまでおなかがすいてくる。


 一緒になって食事を続けていると、広場の周りに猫怪たちが寄ってきた。莉莉があまりにもおいしそうに食べているものだから、うらやましくなって来たのかもしれない。


「みんなもおいでよ。さあ、どうぞ。遠慮しないで」


 玉玲は今が好機とばかりに声をかけた。あやかしたちの警戒心はだいぶゆるんでいる。


 とは思うのだが、彼らはなかなか近づいてこない。

 もう一押し何かあれば――。


「うわ、これすごくうめえぞ! 全部おいらのもんだ! お前らには渡さねえ!」


 突然、莉莉が猫怪たちを焚きつけるように言って、食べる速度をあげた。

 すると、


「ずるいぞ、莉莉! またお前だけ!」

「僕たちにも食わせろニャ!」


 あおられた猫怪たちが、どんどん料理の方に群がってくる。

 白、三毛、ぶち、茶トラ、サバトラ、キジ白。しっぽが二股にわかれたいろんな毛色の猫怪たちが、一斉に料理へと飛びかかった。ざっと数えて十五匹。


 昨日の料理はまたたく間になくなり、あわてて置いた今日の料理もすぐに完食してしまった。

 猫怪の食欲とはここまでのものだったとは。警戒心さえ払ってしまえば破竹の勢いだ。

 思わぬ展開に目を見開いていた玉玲は、我に返って問いかける。


「どうだった、みんな? 好きなものがあったら言って? また作ってくるよ」


 これぞ仲よくなる絶好の機会だ。料理を通じて、あやかしたちとの親睦を深めたい。


 返事を待つも、猫怪たちは玉玲を遠巻きに眺めるばかりで何も言わない。

 料理は大丈夫でも、人間への警戒心はゆるめていないようだ。なかなか手強い。


 接し方を模索していたところで、莉莉が少し偉そうに言った。


「おいら、『あんにんどうふ』っていうぷるぷるが食ってみてえ。とってもうまいんだってな。作ってこいよ、おいらのためだけに。こいつらのぶんはいらねえ」


 すると、他の猫怪たちは毛を逆立て、


「また抜け駆けか、莉莉! ずるいぞ! 我が輩にも作ってこい、人間!」

「そうだぞ。また持ってくるなら食べてやる! 俺様は『まぁぼぉどうふ』だ!」

「なら、僕は『ゆうりんちぃ』っていう鶏の料理ニャ!」


 莉莉に負けない不遜ふそんな態度で要望を出してくる。


 一斉に告げられて、玉玲は覚えきれない。怒濤の注文に、目をしばたたくばかりだ。


「せいぜい俺様のために働くがいい。食事係としてなら認めてやらなくもないぞ」

「明日も僕らにうまいものを食わせるニャ!」


 希望を伝えると、猫怪たちはどこか満足そうにしっぽを振って去っていった。


 敷物の上には、唖然とする玉玲と空の器だけが残る。昨日の残り物を合わせると二十人前はあったのに。玉玲が食べようとしていた朝食まで。

 見事に食いっぱぐれたが、結果は大成功。大満足の展開だった。


「ありがとね、莉莉。仲間たちを集めてくれて」


 広場から離れようとしていた莉莉に、玉玲は笑顔で礼を言う。


「何の話だ?」


 莉莉はピクリと耳を動かし、知らんぷりをした。


「みんなが寄ってくるようにあおってくれたんでしょう? おかげでみんなと少しだけ仲よくなれたよ」


 莉莉が猫怪たちをあおった理由は明白だ。ああすれば、彼らが対抗心を燃やして食いついてくることがわかっていたから。警戒心をそぎつつ、みなが遠慮なく料理を食べられるように配慮してくれたのかもしれない。猫怪たちの性格をうまく利用して。


「知らねえよ。ったくあいつら、おいらの食い物を横取りしやがって」


 莉莉は再びしらを切り、苛立たしげに舌打ちする。

 そして、ちらちらと玉玲を見やり、切りだしにくそうに時間を置いて問いかけた。


「お前、あの後、大丈夫だったのか? 何でまたここにいるんだよ?」


 別れてからのことを心配してくれていたらしい。やはり、莉莉は優しいあやかしだ。

 うれしくなった玉玲は、微笑みながら答える。


「主人には叩かれずに済んだんだけど、どういうわけか、太子様の妃になっちゃって。しばらくここで暮らすことになったからよろしくね!」


「……は? お前が太子の妃!?」

「妃といっても表向きだよ。別にそれっぽいことをするわけじゃないから。私はただあやかしたちと仲よくなりたいの。ここの空気をよくしたい。だから、私と友達になってもらえないかな?」


 目的を話して願い出ると、莉莉は目を大きく見開いたままつぶやいた。


「……友達?」


「うん。だめかな?」

「あやかしと人間だぞ。無理だろ」

「無理じゃないよ! 別の場所でもあやかしたちと友達になれたもの。私、もう莉莉のことが好きになっちゃったし」


「……おいらのことが、好き?」


 目をぱちくりさせる莉莉に、玉玲は元気よく「うん!」と返事をしてうなずいた。

 莉莉がいなければ、こんなに早くあやかしたちと距離を縮めることはできなかっただろう。ひねくれてはいるが優しいし、言葉とは裏腹の態度がかわいいし、見た目も愛らしくて好感が持てる。


「それっていいのかよ。妃って、太子のつがいってことだよな。つがいがいるのに、おいらのことが好き……?」


 小声で独りごちるや、莉莉は急にそわそわと動き始めた。毛づくろいをしたり、蝶々結びの披帛をいじったり、ちらちらと玉玲の様子をうかがったり。


「莉莉?」


 不思議に思って呼びかけると、莉莉はハッとした様子で話題を変えた。


「おいらはともかくっ、あやかしたちはみんな人間を恐れてる。食欲のある猫怪なら食べ物にはつられるけどな。他はまず寄ってもこねえぞ」

「猫怪は食べ物をあげれば、近づいてきてくれるんだよね。喜んでももらえたし」

「だから、それは猫怪だけだって。他の種族の連中はおいらたちとは嗜好しこうが違うから。もっと派手なことでもやらなけりゃ、目もくれねえだろうな」


 莉莉の言葉を胸に留め、玉玲は腕を組んで考えこんだ。

 料理だけでは、猫怪以外のあやかしとは仲よくなれない。

 まずは外に出てもらわなければ。別の方法で関心を引く必要がある。


「……派手なこと」

「たとえば狐精のやつらは、にぎやかなことが好きそうだな」


 莉莉の助言を聞いて、玉玲の頭にひらめきが走った。

 派手でにぎやかなことといえば。


 ――うん、これしかない。


「ありがとう、莉莉。さっそく準備を始めるね!」


 やるべきことを見つけた玉玲は、莉莉にお礼を言って走りだす。


「って、おい!」


 莉莉があわてて呼びとめたが、決意に満ちた玉玲の耳には届いていなかった。

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