第11話 手料理大作戦
お米に小麦粉、各種調味料、鶏肉、卵、ネギ、ニラ、
お願いしていた通り、文英はたくさんの食材を持ってきてくれた。
場所は北後宮の東にある御膳房。昔はたくさん人が住んでいたのか、設備の整った広くて立派な厨だ。
玉玲は花色の
野菜類を刻み、小麦粉で生地を作り、皮で包んだ
油を引いて熱した鍋に、材料を投下して手早く炒め、焼きあげる。
小麦粉や調味料をまぜて
一度取りだし、今度は高温に熱した油で二度揚げする。
「できた!」
大量の料理を作りあげた玉玲は、おいしそうな品々を前に胸を張る。
十人前はあるのではないだろうか。雑伎団の団員もちょうど十名だったから、要領よくこなすことができた。意外に料理上手だった兄弟子の指導のたまものだ。
「すごい量ですね。これを一人で食べられるのですか?」
腹の音を響かせていると、様子が気になったのか文英が厨へやってきた。
「さすがに全部は食べませんよ。料理を運ぶの手伝ってもらっていいですか? あと敷物を用意してもらえると助かります」
ちょうどいいところに来てくれたと、玉玲は文英に依頼する。
そして、快く引き受けてくれた文英と一緒に外へ出た。
大量の料理は小型の
空は快晴。冬にしては暖かい、絶好の行楽日和だ。
玉玲は意気揚々と広場の中央に敷物を広げ、料理を並べていく。
「まさか、こちらで食べられるのですか?」
配膳を終えて座る玉玲に、文英が目を丸くして尋ねた。
「はい。今日は天気がいいですし。文英さんもいかがですか?」
「いえ、私は
玉玲は少し残念な思いで「そうですか」と返す。
「では、私は仕事がありますので」
文英はいくぶん
彼にも仕事や立場があるのだ。無理につき合わせるわけにもいかない。
玉玲は一人で食事を始める。まずは揚げたての炸子鶏から。
外はかりっとした食感で、鶏肉までかむと、肉汁がじゅわっと口中に広がる。
うん、おいしい。
「ちょっと! あんた、こんなところで何やってんのよ!?」
料理に
目角を立てる漣霞に、玉玲はもぐもぐと口を動かしながら答える。
「見ればわかるでしょう。食事だよ。漣霞さんもどう?」
「はぁっ!? 食べるわけないじゃないの、そんな臭いもの!」
漣霞は、にんにくをふんだんに使った
「臭いかな。いいにおいだと思うけど。にんにくは体にも美容にもいいんだよ」
美容という言葉を聞いた瞬間、漣霞の眉と耳がピクリと動く。
華やかな格好からもわかるように、自らを磨くことに相当関心があるらしい。
「美容にいい……?」
「うん、血行をよくして美肌効果があるって聞いたなぁ。においだけで食欲をそそるよね。ほら、みんな寄ってきたよ」
玉玲は周囲を見渡し、笑みを浮かべた。
誰もいなかったはずの
食べ物のにおいに引き寄せられて来たのだろう。みな、遠巻きにこちらの様子をうかがっているだけだが、明らかな進歩だ。
「やっぱり、あやかしも料理には興味があるんだよ。昔、仲よくなったあやかしも、私があげたお菓子を喜んで食べていたから、こうすれば絶対に関心を引くと思ってたんだよね」
笑顔で食事を続ける玉玲に、漣霞は「ふん」と鼻を鳴らして言った。
「物珍しいだけよ。誰もここまではやってこないわ」
玉玲はいったん食事を中断し、遠くにいる猫怪たちに向かって話しかける。
「みんな、おいでよ! これすごくおいしいよ? たくさん作ってあるから食べて」
蒸籠を手に呼びかけてみるも、あやかしたちは反応しない。
それどころか、建物の中に引っこんでしまう猫怪まで出る始末だ。
「ほらね。食べ物なんかで警戒心を解くものですか。何をしたって無駄よ」
漣霞は得意げに笑い、軽快な足取りで去っていった。
玉玲は根気強くあやかしたちに声をかけつつ、食事を続ける。
食べても大丈夫だと、どれもおいしいと、必死に訴えたのだが、誰も近づいてはこなかった。彼らの人間に対する警戒心は相当に強いようだ。
一刻(三十分)ほど経過すると、遠巻きにこちらを観察していたあやかしも全て消えてしまった。
さすがの玉玲も気落ちする。食べすぎておなかももういっぱいだ。
さて、余った大量の料理はどうしよう。あと七人前はある。
「みんな~、残った料理、ここに置いておくから、好きなだけ食べてね~」
玉玲は誰もいない路に向かい、最後のあがきとばかりに呼びかけた。
外に出てきたということは、みんな食べたいとは思っているはず。自分がいなくなれば、警戒心を解いて食べてくれるかもしれない。
料理はそのまま敷物の上に広げ、玉玲は希望を捨てることなく引き上げていった。
※
しかし、約十刻(五時間)後――。
「うーん、少しも減ってない」
日没前に広場へ戻ってきた玉玲は、干からびかけた料理を眺めて嘆息する。
自分がいない隙に口をつけてくれるのではないかと期待して来たのだが、そう簡単にはいかないようだった。強い日差しにさらしていたため、水分が抜けて変色している。味も見た目も申しぶんなかったのに。
「ふふん、だから言ったでしょ、無駄だって」
肩を落としていると、漣霞があざ笑いながら姿を現した。己の正しさを証明しにやってきたようだ。残った料理を見て、勝ち誇った顔をしている。
「仕方ない。捨てるのはもったいないからな」
玉玲は漣霞の反応を気にすることなく、ぱさぱさになった饅頭にかぶりついた。
もぐもぐ。うん、さすがにあまりおいしくない。
残り物を平らげていく玉玲に、漣霞は唖然とした顔で訊いた。
「普通、長時間外に放置していたもの食べる? それ、腐ってんじゃないの? 誰かがいたずらして、何かしたかもわからないのに」
「あやかしはそんなことしないでしょ。それに私、何食べてもおなかを壊したりしないから大丈夫。たまに腐ったもの食べてたけど平気だったし」
「……あんたって、ほんとに人間?」
もはや漣霞は
「ただ、やっぱり味は落ちちゃうからね。みんなには作りたてのおいしいものを食べてもらいたいし」
大方の料理を胃袋に収めた玉玲は、蒸籠などの容器を片づけ、新たに運んできた料理を敷物の上に並べた。昼間の料理に変化を加え、新しく作ってきたのだ。猫怪が好きそうな魚料理を中心に。
長時間煮こんだ白身魚に甘酢あんかけをのせた
「みんな~! 新しい料理置いていくから、遠慮しないで食べてね~!」
自分と漣霞以外に誰もいない広場で、元気よく声をあげる。あやかしの姿は見えないが、近くにいる気配だけはした。こうやって少しずつ警戒心を解いていけばいい。
根気強く歩み寄っていこう。いつかきっと思いは通じるはずだ。
玉玲は漣霞にののしられながらも、前向きな気持ちでその場をあとにする。
一匹の猫怪が割と近くまで寄ってきていたことには気づかずに。
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