第14話 ひとり雑伎団【前編】


 北後宮の中心部に華やかな二胡にこの調べが朗々と響き渡る。

 これから楽しげな何かが起こるのだと知らせるように。


 玉玲が猫怪たちと別れてから六刻(三時間)後。

 北後宮の広場は、昼間よりも多い猫怪の姿でにぎわっていた。彼らの前には、点心を中心とした軽めの料理がたくさん並んでいる。饅頭、小籠包しょうろんぽう、春巻、月餅げっぺいなど。玉玲が臨時で用意した小吃おやつだ。

 広場の中央を囲むように陣取り、猫怪たちは開始の時を待っていた。


 玉玲は二胡を弾きながら、広場の様子を確かめる。

 そう、これは客寄せのための演奏だ。集まっているのは猫怪だけかに思えたが、遠巻きにこちらを観察している狐精の姿も見える。猫怪の話を聞いて来てくれたのか、二胡の演奏が功を奏したのか。

 猫怪以外のあやかしが近づいてきていたことに、玉玲は頬をゆるめる。

 正念場はここからだ。うまくいけば、狐精や他のあやかしももっと寄ってきてくれるかもしれない。


「みんな、集まってくれてありがとう! 今日は食べながらでいいから、見て楽しんでもらえるとうれしいな」


 演奏をやめた玉玲はあやかしたちに挨拶し、さっそく準備を始めた。

 広場の中央へと輜車にぐるまを運んでいき、荷台の上の木箱から細長い棒と皿を取りだす。

 初めの演目は転碟てんちょう。またの名を皿回し。

 玉玲ひとり雑伎の開演だ。


 細い竹の棒と皿を数組、片手でも取りやすいように荷台の上へと並べていく。

 まずは一枚。棒を皿の底じきにかけ、縁をなぞるようにすばやく回す。

 これだけでは簡単すぎるので、回転が安定したところで皿を空中に浮かせ、棒にのせたり高く飛ばしたりをくり返した。


 さすがにこの程度では、あやかしたちは満足しない。

 玉玲は右手に持っていた棒を左手に移動させ、もう一枚皿を回した。

 同じ要領で皿の数を増やしてく。計七枚。片手で回せる皿の限度だ。


 これだけでも十分難しいのだが、玉玲は更なる離れわざをやってのけた。

 右手でまた皿を回し、口に棒を移動させたのだ。あお向けになった状態でもう一枚。今度はその棒をひたいに。更にまた一枚、右手で皿を回した。計十枚。

 これには、あやかしたちがどよめいた。


 玉玲の技はとどまるところを知らない。口と頭にのせていた棒と左手の棒を三本、右手に移動させ、両手で均等に皿を回す。片手に五本ずつ棒を持っている格好だ。

 計十枚の皿が高速で回転する。そこからが本番だった。


 皿を回しながら広場を駆け巡り、時に跳躍。地面で開脚し、前転をしたり、後転をしたりする。もちろん皿を十枚回したままだ。


 更に、背中に棒を回して逆の手に移動させる、背剣はいけん

 皿を操りながら片肘だけで逆立ちをする、単臂たんひ倒立。

 五本の棒を口にくわえる、叨花とうか

 絶技の連続だった。


 あやかしたちは、もはや言葉もなく玉玲の演技に見入っている。


 玉玲が軽快な動きで地面に皿を置き、演技を終えると、広場に歓声が巻き起こった。


「すげえ!」

「何であんな動きをしながら皿が回せるの!?」


 猫怪だけではなく、狐精も近くに寄ってきて、驚きの声をもらしている。 


 初めの演目は大成功だ。この調子でどんどん行こう。

 気合いを入れた玉玲は次なる演目に移るべく、木箱から短剣を取りだして、荷台の上に並べる。


 二種目めは跳剣ちょうけん

 まずは左右に一本ずつ短剣を持ち、空中に投げて持ち替える。一回、二回と、すばやくその動作をくり返した。真剣なので取り落としたら危険だが、それだけでは芸がない。

 一部の猫怪は退屈そうにあくびをし、料理に関心を移してしまっている。


 肩慣らしはここまでだ。玉玲は投げる短剣の数をどんどん増やしていく。

 一本、二本、三本。最終的には計七本。左右の手で剣を投げ受け、うち五本が常に空中にあるという離れ業だ。技の名前は弄宝剣ろうほうけん


 あやかしたちが釘づけになって剣の動きを追う。

 玉玲に剣が刺さるのではないかと、ひやひやしている猫怪もいた。


 玉玲はあやかしたちを観察しながら、剣の回転速度をあげていく。

 目をつむってみたり、広場を駆け回ったり、地面で開脚しながらでも余裕の表情だ。


 見せ場は最後。左右の手で投げ回していた剣を次々と高く放り投げる。

 剣は矢が降るように落下した。あお向けに寝ころんだ玉玲の体めがけて。

 肩の上に二本、脇の下に二本、膝の隣に二本。

 剣が体すれすれで刺さらず落下したことに、あやかしたちは安堵あんどの吐息をもらす。


 しかし、最後にひときわ高く投げた剣だけは、玉玲の顔に切っ先を向けて襲いかかった。

 多くのあやかしが、最悪の事態を想像して目をつむる。

 固唾かたずんで見守っていた狐精も、恐る恐るまぶたを開けていく猫怪も、次の瞬間、一斉に目を剥いた。


 最後の剣は玉玲の口に刺さっていた。

 いや、受けとめていたのだ。歯で。

 少しでも口を動かす時機タイミングがずれていれば、大変なことになるところだったのに、玉玲は笑顔で剣身をくわえて立ちあがる。


 剣を手にしてお辞儀すると、あやかしたちの間からどよめきが巻き起こった。


「あれは狙ってやったのか! ひやひやしたぜ」

「息をつく間もなかったな」

「ドキドキしたけど、すごくおもしろかったコン!」


 建物の陰に隠れていた狐精も、広場に寄ってきて興奮をあらわにする。

 初めは食べ物に夢中だった猫怪も、もはや食事を忘れた様子で見入っていた。


「何だか、いいにおいがするナリ」


 猫怪たちの前に蒸籠があることに気づき、三尾の狐精が鼻をひくひくさせる。

 他の狐精も興味津々といった様子で蒸籠の中をのぞいた。


「食うか? これ、かなりいけるぜ」


 うらやましそうに饅頭を眺めていた狐精に、莉莉がニヤリと笑って勧める。


「そうナリか? なら、ちょっとだけいただくナリ!」


 三尾の狐精が瞳を輝かせながら言って、饅頭にかぶりついた。

 それを見た他の狐精も、次々と蒸籠に群がっていく。


 玉玲が作った料理は猫怪だけではなく、狐精にも受け入れられ始めていた。

 演目の間の空き時間に、和気藹々あいあいとした空気が広がっていく。

 これに気をよくした玉玲は、あやかしたちを更に楽しませるべく、演技を続けていった。


 球形の花瓶を足や頭ではねあげて操る、耍花瓶さかびん

 小さな玉を碗の中から消したり見せたりする、幻術てじな泥丸でいがん

 腕ほどの長さの刀を呑みこんでみせる、呑刀どんとう

 銅叉どうさという環状の金属を空中に投げたり体で回しながら舞う、飛叉ひさ


 最終演目は、玉玲が最も得意とする爬竿はがんだ。


「みんな、あっちの竹やぶまで移動してもらってもいいかな?」


 玉玲は盛りあがるあやかしたちに、西の方角の園林ていえんを指さしながら呼びかけた。爬竿は広場では披露できないし、演じるための道具もない。


 何をやるのだろうと目をしばたたくあやかしたちだったが、すぐ呼びかけに応じて移動を始めた。次はどんな演目がくり広げられるのか、楽しみで仕方がないといった様子だ。


 玉玲は彼らを引き連れて移動し、太くて立派な竹の前で止まる。爬竿の演目の時に使おうと、昨日の午後から下調べをしていた地点だ。


「それじゃあ、始めるね。最終演目は爬竿!」


 高らかに告げるや、玉玲は短剣を口にくわえて竹をのぼり始めた。途中にある枝を短剣で切り落としながら、上へ上へ。竹の高さは三階建ての建物くらいはある。

 てっぺんの近くまでのぼりつめるや、玉玲は先端の枝をばっさり切り落とした。切り口は足の親指ほどの太さしかない。

 

 玉玲の次なる行動に、あやかしたちはぎょっとした。玉玲が立ちあがったのだ。わずかな太さしかない竹の先端に。片足だけをのせ、ゆらゆらとたゆたっている。


 更に、玉玲は先端を片手で掴んで倒立までしてみせた。その状態で開脚。片足立ちに戻るや、跳躍と同時に開脚。片足で竹の先端に降り立つ。

 少しでも着地点がずれれば転落する離れ業に、あやかしたちは息を呑むばかりだ。

 そして次の瞬間、あやかしたちの緊張は最高潮に達することになる。


 玉玲は急に頭を下に向けると、竹を足に挟みながら真っ逆さまに滑り落ちた。ほとんど転落すると言っていい速度で。

 地面に激突すると思ったのか、一部のあやかしが「きゃ~っ!」と悲鳴をあげる。


 落下が止まったのは、本当に地面すれすれだった。

 直前で足に力を入れた玉玲は、逆さまの状態で竹にぶら下がる。

 爬竿一番の見せ技、堕高竿だこうがん。脚の筋力と度胸がなければできない芸当だ。もちろん、練習だって積んできた。普通は団員が支えるもっと太い竿や金属の棒を用いるのだが。

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