第33話 謎を解く鍵


 それから約二刻(一時間)後――。

 すっかり寝静まった邸に、玉玲たちは大門から堂々と侵入していく。

 ちなみに、大門の前に立っていた見張りだけは、幻耀に不意を突いて倒してもらった。妖刀の峰で気絶させ、今は体を縛って塀の内側に転がしてある。かわいそうだが仕方ない。誰にも気づかれることなく侵入するには、他に手が思い浮かばなかった。


 門房もんぼうの脇を通りすぎ、院子なかにわへと入っていく。

 見張りがぽつぽつと地面に寝転がっていた。

 念のために彼らの体も縄で縛っておく。万全を期してあたる構えだ。


 寝入っている見張りを縛りながら進んでいくと、北側に立派な造りの正房が見えた。


「あそこよ」


 漣霞が正房を指さして告げる。

 そこにとらわれている人たちがいるということだ。


 扉の前まで進んでいった幻耀は、周囲の様子を確認してから言った。


「漣霞と莉莉は念のため、周りを警戒していてもらえるか? 外から人が入ってこないともかぎらない」

「了解しました」


 漣霞が答え、莉莉も首を縦に振る。

 やはり、人に視えないあやかしの存在は心強い。

 玉玲は莉莉たちに感謝の気持ちを込めてうなずき、正房の前に立った。


 幻耀と一度目を合わせ、大きく深呼吸してから扉を叩く。


「失礼します」


 一声かけた後、思いきって扉を開けた。


 中にいた人たちが、目を瞠ってこちらに注目する。

 莉莉が話していた通り、六十歳前後の男女が二人、二十代くらいの女性が一人の計三名。

 眠り薬入りの食事が回らないように、漣霞たちがうまく調整してくれたらしい。三人はギンギンに目を開き、おびえながらこちらを凝視ぎょうししていた。


「心配しないで。私たち、怪しい人間じゃありません。皇城から来ました。文英という男性をご存じないですか?」


 文英の名前を出すや、三人の目の色が変わる。


「文英!?」

「あなた、文英を知っているの?」


 白髪まじりの長髪を結いあげた老婦人に問われ、玉玲は大きく頷いた。


「はい。職場の仲間みたいなものです。彼に言われてここに来たのですが、実はあまり事情を聞かされていないんです。教えてもらえませんか? あなた方は……?」


 他の二人と顔を見合わせてから、老婦人が口を開く。


「私たちは文英の父母。その子は妹です」


 玉玲は瞠目どうもくし、改めて三人を観察した。

 よく見ると、真っ白な髪をきんで一つに束ねた老人と文英は面差しが似ている。穏やかな雰囲気は母親に近い。妹は文英に性格が似て、優しそうだ。

 文英の名前を出した時の反応から予想はしていたが、家族だったとは。


「教えてください。文英は今どうしているのですか? まさか、息子に何かあったのでは」


 不安そうな顔で尋ねてきた老人に、玉玲は正直に答えた。


「彼は今、とても難しい状況にあります。私たちは文英さんを救うためにここへ来たんです」


「教えてほしい。なぜあなた方はここに監禁されているのか。文英にはどんな事情があるのか。何もわからなければ、俺たちも動きようがない」


 幻耀と共に、一家の主である老人の顔を見据える。


 老人はしばらく逡巡しゅんじゅんするように目を閉じてから、意を決した様子で口を開いた。


「わかりました。お話ししましょう。文英を救っていただけるのでしたら」


 玉玲は息をんで、老人の言葉を待つ。


「これでも私は皇族の末裔まつえい。先々帝の第二皇子、じん親王の嫡子です」


 幻耀は驚いた様子だったが、玉玲には任親王がどんな人物なのかわからず、ただ目をしばたたいた。


「任親王というと、皇帝に対する謀反むほんの罪で処刑されそうになったところを逃亡した?」


 確認する幻耀に、老人は「さようです」と返し、話を続ける。


「父は最後まで罪を否定していましたが。謀反を企てれば一家郎党みな殺し。私たちも逃亡し、長く北の山村に身をひそめていました。不自由ながらも、それなりに穏やかな生活を送っていたのですが、酒の席で私が村人にうっかりもらしてしまったのです。私の息子はあやかしを視ることができると。その話が村長の耳に入り、とある高貴な家にも伝わりました」


 幻耀が眉をひそめて尋ねた。


「とある高貴な家?」

「私たちには名を明かされませんでした。文英だけがその家に連れていかれたのです。その日から私たちの運命は大きく変わった。私たち三人はこの邸に監禁され、厳しい監視のもとで暮らすことになりました。文英は皇城に連れていかれ、浄身したと聞き及んでおります。文英はきっと私たちのために……」


 老人は涙声になって言葉を詰まらせた。


 話せなくなった夫の代わりに、老婦人が話のぎ穂をつなぐ。


「おそらく、高貴な家の方は私たちの身の上まで調べあげたのでしょう。露見すれば一家みな殺しにされる。だから、文英は私たちを救うため、高貴な家の言いなりに……」


 彼らが流す涙を見て、玉玲は怒りに近い感情を覚えた。高貴な家の人間、文英に無体な命令を下している黒幕に対して。

 だから文英は何も言えなかったのだ。逆らうような行動を取れば、一家の罪を暴露される。命令に従い、幻耀の命を狙ったのも、家族を守るためだった。少しでも怪しい動きを見せれば、家族を殺すとおどされていたに違いない。


「お願いです。兄を助けてください! 私はどうなっても構いません」


 拳を握りしめていると、文英の妹が涙をこぼしながら懇願してきた。


 泣き崩れそうになっていた父親も目もとを袖でぬぐい、顔をあげて訴えてくる。


「私のせいで文英にばかりつらい思いをさせてしまった。今度は我々が罪を背負います」

「どうかお願いです。文英を……!」


 悲壮さを帯びた三人の視線が切々と迫り、玉玲の胸を打った。


「太子様」


 玉玲は思いの丈をぶつけるように幻耀の双眸を見つめる。

 彼らを助けてあげたい。もちろん文英のことも。そのためには、どうしても幻耀の力が必要だ。


 祈るような気持ちで見据えていると、幻耀はまず文英の家族に、こう要求した。


「立ってくれ。あなた方には、すみやかに移動してもらう。玉玲、外で寝ている見張りをこの房まで一緒に運んでくれ。黒幕に気づかれないようにしておく必要がある」


「それは、もちろん構いませんけど。三人をどうするつもりなんですか?」


 幻耀の考えが読めず、玉玲は少しだけ首を傾げて尋ねる。


 その問いに、幻耀はなかなか答えようとしない。

 彼も相当いきどおっているようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る