第27話 刺客を捕まえる簡単な方法


 玉玲はくりやでお粥を作り、意気揚々と幻耀の臥室に戻った。

 彼の前に出したのは、七種の薬草に卵と干し海老を加えて炊いた薬膳七草粥やくぜんななくさがゆ


 幻耀は何も言わずにお粥を口にした。

 体のことを一番に考えて作った薬膳なので、食べてもらえるだけでもうれしいけれど。


「いかがでしょうか? お口に合いませんでしたか?」


 七割がた食したところで、恐る恐る感想を訊いてみる。


 幻耀は口の中にあるものをゆっくり味わってから答えた。


「悪くない。食事をして久しぶりに味がした」


 その言葉を聞いて、玉玲はうれしさより胸に痛みを覚える。

 彼は食事をただわずらわしいものだととらえていたのだ。だから味など感じない。死なないために仕方なく摂取していただけ。過酷な環境が、幻耀から味覚まで奪った。

 ならば、取り戻したい。もっと。彼に食事の楽しさを。美味しい料理に出会う喜びを。


「太子様、これから毎日、あなたの食事を作ってはだめでしょうか?」


 玉玲は意気込みをあらわに訴える。


「長身のわりに全然肉がついていらっしゃいませんし、城の外でもろくに食べていないんでしょう? 体力がいる仕事をされているのに、そんなんじゃ体が持ちませんよ。せめて朝と夜だけでも、私の手料理を食べてもらいたいのですが」


 食事の必要性に重点を置いて説得してみるも、幻耀はなかなか反応を示さない。


「不安でしたら、あなたの前で作った料理を毒味してご覧にいれます。ですから――」

「いや、いい。そんなことをする必要はない」


 速攻で拒絶され、玉玲は肩を落とした。

 それも束の間のこと――。


「お前の作ったものなら食べる。そう言っただろう」


 若干投げやりな声が耳に入り、すぐに顔を上げる。


 彼が拒絶したのは毒味をすることであって、つまりは受け入れてくれたのだ。玉玲を信用して、要望を全面的に。


「はい! では、これから毎日、あなたの食事のお世話もさせてもらいます!」


 玉玲は力強く宣言して、幻耀に全開の笑顔を向けた。


 しばらく玉玲を眺めていた幻耀だったが、ふいに視線をそらし、食事を再開させる。


 もしかして、照れたのだろうか。非常にわかりにくいけど。


 食事の様子をじっくり観察していると、幻耀は少しだけ表情をゆるめてこぼした。


「優しい味がするな。俺が昔風邪で伏せっていた時、母が作ってくれた粥に似ている」


 今のはとても光栄で、心の躍るほめ言葉だ。玉玲はうれしくなって尋ねる。


「太子様はどんな子供だったんですか?」


 何気なく発した質問だったが、ずっと知りたいことだった。彼が隠している過去を。


 幻耀は悔やむように目を伏せ、おもむろに口を開いた。


「浅はかだった。バカみたいに周りを信じて、自分が望めば何でもできると思っていた。約束を守る力もないのに。無知で身のほど知らずな愚か者だ」


「……太子様」


 彼の後悔をまざまざと感じ取り、玉玲はそれ以上何も訊けなくなってしまう。


「俺の話など今はどうでもいい。それより詳しく聞かせてくれ。俺が倒れた後の状況を」


 幻耀は過去を断ち切ろうとするかのように首を振り、玉玲の目を見て訊いた。


 確かに、今は昔のことを振り返っている場合じゃない。彼の身に危険が迫っているのだ。

 玉玲は気持ちを切り替え、これまでのことを幻耀に報告する。

 後宮や捜査の状況。刺客があやかしだったこと。刺客に護符を与えた人間の協力者がいることも。

 莉莉や文英に、そのあたりの捜査を頼んでいると話していた時だった。


「幻耀!」


 部屋の外から女性の声が響くと同時に、扉が開く。


「ああ、幻耀!」


 上体を起こしている幻耀の姿が目に入るや、皇后が相好を崩して駆け寄ってきた。

 髪はおろしたままで、格好は夜着の上に霞帔うちかけを羽織っているだけ。幻耀が目覚めたというしらせを聞いて、取るものも取りあえず駆けつけてきたようだ。


 皇后のもとへ報せにいってもらっていた文英も、少し遅れて部屋に入ってくる。


 臥牀しんだいの側まで寄ってきた皇后は、幻耀の頬に手を添え、目に涙を浮かべて言った。


「本当に無事でよかった。お前まで失うことになれば、妾は生きていけないところでした」


 泣きそうな顔をする皇后に、幻耀は肩をすくめて返す。


「大げさですよ、義母上ははうえ。いくら義母上が私の後ろ盾をしているからとはいえ」

「政治的な話は関係ありません! 血がつながっていないとはいえ、お前は妾の息子。姉妹のように仲のよかった林淑妃が亡くなってから、妾はお前を実の息子と思って養育してきたのです。このような形でお前を死なせてしまっては、冥府にいる林淑妃に顔向けできません。お願いですから、妾を置いて死ぬようなことだけはしないでちょうだい」


 皇后はどれだけ幻耀を思っているか切々と訴え、しとねの上に涙を落とした。

 これには、幻耀も顔に反省の色を見せる。


「申し訳ありません。義母上に二度とご心配をおかけしないように努めます」


 皇后は頬に涙を滴らせたまま頷いた。


 麗しい親子愛に、玉玲はもらい泣きしてしまいそうになる。


 幻耀の方は実にさっぱりしたもので、すぐに文英の方を見て、捜査の状況を確認した。


「文英、今どれだけ情報が集まっている? 容疑者はしぼりこめたのか?」


 文英は面目なさそうに視線を落として答える。


「申し訳ございません。怪しい人間は何名かいるのですが、証拠となるものはまだ掴むことができず」


「……怪しい人間。それは、程貴妃たちのことね?」

「さようにございます」

「血筋を鼻にかけるあの女狐っ、よくも妾の幻耀を! 今度こそしっぽを掴んでやるのよ。夫人たちを拷問しても構わないわ!」


 かしこまっている文英に、皇后は怒りをあらわに命令した。


「義母上、落ちついてください。程貴妃の父親は尚書省しょうしょしょうの長です。先々帝の従兄弟でもある。拷問などすれば、彼が黙ってはいないでしょう」

「程貴妃の実家に配慮して、何度我慢をしてきたの! これまであなたを暗殺しようとした事件も、そうやって闇に葬られてきたのよ? 今度ばかりは妾も――」

「大丈夫です、義母上。私も泣き寝入りするつもりはありませんから」


 息巻く皇后の言葉を押しとどめるように告げ、幻耀は玉玲に視線を向ける。


「玉玲、莉莉というあやかしを連れてきてくれ。訊きたいことがある。文英は護符を作成した人間について調べてほしい。城や町にいる道士、もしくは霊力のある皇族の中にいるはずだ。誰かに依頼されたのか、自ら使うために作成したのか、どちらかはわからないが。作成した人間を突きとめれば、犯人はおのずと見えてくる」


 文英は「かしこまりました」と言って、こうべを垂れた。


「では、妾も護符について調べてみましょう。妾は皇子の中に作成者がいるように思えてなりません。夫人の息子の誰かやも」

「そうですね。もちろん、その可能性もあります。義母上は皇族の中に怪しい人間がいないかどうか探っていただけますか?」

「わかりました。必ず貴妃のしっぽを掴んでみせます!」


 皇后は怒りをやる気に変えて宣言し、さっそく外へと向かっていく。彼女の中では完全に貴妃が、今回の事件の黒幕となっているようだ。


 文英も皇后のあとへと続いていき、部屋には幻耀と玉玲だけが取り残された。


 莉莉を探しに行く前に、玉玲は幻耀の目的について確認しておく。


「刺客が持っている護符の作成者を見つければいいわけですね。依頼した人間がいれば、そこからたどれるわけですし」


「そうだ。ただ、我が国には護符を作成できる道士や皇族がかなりいる。それを全て洗いだすのは難しいだろう。そんなことより簡単な方法が一つある」


「……簡単な方法?」

「実行犯であるあやかしを捕まえることだ。そのために莉莉というあやかしに話を聞きたいのだが」


 玉玲には刺客を捕まえる方法など見当もつかず、詳しく尋ねようとした時だった。


 外からコンコンと窓を叩く音が響く。

 窓の外で莉莉がいつもの合図を出していた。


「莉莉! ちょうどよかった」


 玉玲はすぐに窓を開け、莉莉を迎え入れる。


 幻耀を警戒したのか、莉莉は中まで入ろうとせず、窓台に乗ってしゃべりだした。


「猫怪たちに話を聞いてみたんだけど、お前ら以外の人間を見かけたやつは誰もいなかったぜ。あやかしは人の気配に敏感なんだけどな」


「……そう。わざわざ報告しにきてくれたんだね。ありがとう」


 捜査に進展がなかったことを残念に思いながら、玉玲は莉莉に礼を言う。


 後方に目を向けると、幻耀が小さく頷き、莉莉に声をかけた。


「入れ。お前に話したいことがある」


 だが、莉莉は動かない。二股のしっぽを逆立てながら、幻耀に注意を払っている。


 警戒心を剥きだしにする莉莉の様子に構わず、幻耀は再び話しかけた。


「まずは礼を言わせてもらおう。お前が宴の場で声をあげてくれなかったら、俺は生きていなかったかもしれない。玉玲、お前にも。改めて感謝する」


 幻耀の頭がこちらへと傾く。


 莉莉が縦長の瞳孔どうこうを横に広げた。


 玉玲はしばらく目を見開いたまま静止する。

 皇族が自分より身分の低い人間に頭を下げるとは思わなかった。妃嬪が侍女に拝礼するようなものだ。そんなことは普通起こりえない。

 でも、彼は玉玲ばかりか、あまりよく思っていないはずのあやかしにまで。


「別に、お前を助けたかったからじゃねえし。玉玲のためだっ」


 気持ちが伝わったのか、莉莉は素っ気なく言いつつ、部屋の中に入ってくる。


 顔をあげた幻耀は、莉莉の双眸を見て、話を続けた。


「刺客の後も追ってくれたと聞いた。勇ましいものだと感心している。その時のことを詳しく話してもらえないか?」


 持ちあげられた莉莉は、満ざらでもなさそうな顔をする。


 意外にあやかしの扱いがうまい。莉莉をもうその気にさせている。


「別にお前のために追ったわけじゃねえけどよ。まあ、いいぜ。玉玲にも話したけどな、やつは追っている途中で突然消えたんだ。霧みたいに」


 幻耀は話を聞いて、少しの間考えこんだ。


「……霧か。消えた場所は覚えているか?」

「もちろんだ。おいらは頭も記憶力もいい、イカしたあやかしだからな」

「では、その場所まで案内してくれ」


 臥牀から出ようとした幻耀に、玉玲はあわてて口を挟む。


「太子様、まだ熱があるんですよ!? もうしばらく安静にしていた方が……」

「いや、平気だ。共犯者と連携される前に、刺客を捕らえなければならない。証拠を隠滅される恐れもあるからな」


 身を案じる玉玲に、幻耀はゆっくりと立ちあがって告げた。


「玉玲、お前にも頼みたいことがある。俺についてこい」


 いったい何をさせるつもりなのだろう。

 玉玲は「はい」とも「嫌」とも言えず、ただ目をしばたたいたのだった。

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