第29話 共犯者は誰?【後編】


「護符さえ手に入れれば、共犯者を洗いだせる。護符には作成者の特徴がはっきり表れるからな。文字の配列、手蹟しゅせき、空間の取り方。国中の護符を網羅している城の録事ろくじに調べさせれば、かなりの確率で作成者を割りだせるはずだ。探せ」


 玉玲はハッとして幻耀の顔を見る。

 だから宮殿を出る前、護符の作成者を捜すより簡単な方法があると言ったのか。実行犯のあやかしを捕らえて、護符を手に入れれば、確かに早く共犯者を洗いだせそうだ。


「じゃあ、あたしが」


 そう言って、漣霞が樹妖のふところに手を入れようとする。

 まさにその時――。


「彼女の体を調べる必要はありませんよ。護符を渡したのは私です」


 玉玲たちの後方から、引きとめるように声が響いた。


「彼女が捕まるようなことになれば、自首しようと思っていました。私があぶりだされるのも時間の問題ですからね」


 玉玲はゆっくりと振り返り、立っていた人物を見て瞠目する。


 信じられなかった。考えられないことだった。


「……嘘でしょう? だって、あなたには、あやかしが視えないはず……」


 震える声で疑問を口にする。

 あやかしが視えなければ、護符を渡すことはできない。意志の疎通を図ることもできない。それなのに、なぜあの人が――。


 幻耀もまた、信じられないという表情で、自白した人物を凝視した。


「どういうことだ? 文英」


 名前を呼ばれた文英は、口もとに苦笑を浮かべて答える。


「あやかしが視えないように装っていたのですよ。調べられると困ることがあったのでね」


 目を見開く幻耀と玉玲に、彼は薄い笑みをいたまま告白した。


「あなた方が探していた共犯者は私です。私が彼女に命じて、殿下の命を狙わせました。私は逃げも隠れもしません。煮るなり焼くなり好きなようにしてください」


 開き直る文英を見ても、玉玲は状況を呑みこむことができない。


「……どうしてなんですか、文英さん? なぜあなたが太子様の命を……」


 いつでも明るい笑みを絶やさなかった、穏やかな文英が。幻耀に誠心誠意尽くし、常に身を案じていたように思えたのに、いったいどうして――。


「答えろ、文英!!」


 幻耀が初めて声を荒らげた。


 文英はビクリと体を震わせ、少しの間、瞑目めいもくして口を開く。


「あなたが雪艶せつえんを殺したからです、殿下」


「……雪艶?」


 聞き覚えのない女性の名前だった。


 疑問の声をもらす玉玲に、文英は瞼を伏せたまま答える。


「殿下の母君を殺した樹妖です。雪艶と私は、密かに愛し合っていました」


 彼の言葉のあとに、長い沈黙が落ちた。



 目を開けると同時に、文英は静寂を破る。


「殿下はご存じかと思いますが、樹妖はあやかしの中で最も妖力があり、人の心の機微に敏感な存在です。雪艶は特に妖力が高く、鋭い観察眼を持った女妖じょようでした。常に人の姿でいることができ、私があやかしを視認できることなどすぐに見破った。私は彼女にだけ事情を話すことにしたのです。そのうちに、私は彼女に心を許し、愛し合うようになった。きっと今も関係が続いていたことでしょう。あなたが雪艶を殺していなければ」


 最後の言葉を聞くや、それまで黙っていた樹妖が顔をあげ、再び幻耀を睨みつけた。


「そうだ。貴様が私の姉を……っ!」


 憎しみをあらわにする樹妖を静かに眺め、文英は彼女について言及する。


「彼女の名は雪珠せつじゅ。雪艶と同じ木に宿った姉妹樹で、魂の片割れのような存在です。姉妹樹妖は人間の家族よりも結びつきが強い。彼女も、半身である雪艶を手にかけたあなたを恨んでいた。だから、私が復讐する機会を与えたのです。毒を塗った弓矢と護符を渡して」


 姉のことに話が及んだとたん、怒りに満ちていた雪珠の目に悲しみの色が重なった。


「私の妖力は姉よりもずっと弱く、当時人間に変化することはできなかった。だが、私はあの桃の木から貴様が姉を斬るところを見ていたのだ。その時の恨みが私の妖力を強くした。姉の恋人だった文英に話を持ちかけられ、私は快諾した。貴様に復讐するために!」


 雪珠は憎しみを全開にして言い放つ。


 彼女の悲しみも負の感情も理解できるが、玉玲には納得できない部分もあった。

 どうして、そこまで強く幻耀を恨むのか。当時たった十歳だった、哀れな少年を。

 同情してほしいとまでは言わないが、少しでも理解してもらいたくて口を挟む。


「でも、太子様も雪艶さんにお母様を殺されたんだよ? 仕方がなかったんだ。雪艶さんを殺すように命じたのは、彼のお父様だったわけだし」

「人間の事情など関係ない! 貴様らだって、姉の思いや事情などたいして調べようとすることもなく、冷酷に手を下した! 姉はな……。姉は――っ!」

「雪珠」


 何かを訴えようとした雪珠に、文英が呼びかけて首を横に振る。何も言うなと、たしなめるように。


 雪珠はハッとした様子で押し黙り、悔しそうに拳を握りしめた。


 文英は雪珠から幻耀に視線を移し、供述を終わらせようとする。


「これだけ話せばいいでしょう。私は、雪艶を殺したあなたを恨んでいた。だから――」

「それは違うな」


 文英の告白を遮断するように、幻耀は言った。


「雪艶を斬ったのは八年も前だ。それまでお前には、いくらでも俺を殺す機会があった。今回の暗殺未遂事件以外でお前が俺の命を狙ったことはない。そうだな、文英?」


 指摘された文英は、少しだけ顔を強ばらせて問い返す。


「なぜそのように思われるのですか?」

「お前が必死に俺を守ろうとしていたからだ。五年前に矢が飛んできた時には、お前がかばって腕に傷を負った。三年前、毒殺されそうになった時は、お前が毒味を担当し、生死の境をさまよった。そうだったな?」


「……ええ。三年前、私が倒れて以来、あなたは後宮で食事を取らなくなった。誰のことも信じていないからだと思いました。半分はね。もう半分は、私のような犠牲者を出したくなかったからなのでしょう? ここ数年であなたは変わったと思いましたが、根は以前と同じく優しいままです」


 幻耀は何も答えず、ただ文英の顔を見つめた。


 文英はかすかに微笑み、告白を続ける。


「正直にお答えしましょう。私が殿下の暗殺を試みたのは、今回が初めてです。あなたの命を狙った人物は他にもいる。拙劣な手口からかんがみるに、妃嬪の誰かによる半ば脅しのようなものだと私は見ていますが。今後もお気をつけになるとよろしいでしょう」


 その言葉の真意に、玉玲は気づいた。


「文英さん、あなたは太子様のことを……」


 今でも身を案じている。暗殺を企てたばかりだというのに。


「誤解なさらないでください。私は今回、確かに殿下を殺そうとしたのです。動機は先ほど申しあげた通り、雪艶を殺された恨みです」

「ならばなぜ、八年もたった後で、恨みを晴らそうとした?」


 鋭く問われ、文英の目が少しだけ左右に揺らぐ。


「それは、あなたが用心深くて、なかなか機会がなかったから――」

「いいや、お前にならできたはずだ。俺はお前の前だけでは、何度も隙を見せていたからな。今になって暗殺をはからなければならなかった理由があるはずだ。お前の意思とは関係なく。全部話せ、文英」


 幻耀は確信した様子で告げ、文英をまっすぐ見据えた。


 視線をそらす文英に、玉玲は憤りをあらわに主張する。


「太子様はあなたを信じているんですよ! 恨みなんかで自分を殺そうとするはずがない。どうにもならない事情があったからだって。あなたは大事なことを隠していますよね? 裏に誰かいるんでしょう? 教えてください。太子様なら全て解決できるはずです。あなたも彼のことを信じて!」


 文英の両腕を掴み、強く訴えた。信頼してほしいと。

 幻耀も自分も文英を信じている。

 半分は見えていた。文英がなぜ幻耀の命を狙ったのか。彼の意思ではない。それは絶対に。文英がまとっていた優しい空気は本物だったから。空気は嘘をつけない。幻耀を思う気持ちにも偽りはないはずだ。ならば、必ず裏がある。

 文英に、幻耀を殺すよう命じた黒幕の存在が。


 確信を込めて見据えていると、文英は思いをせるように瞼を伏せ、口を開いた。


烏洲うしゅうの西の外れにあるやしきを調べてみてください。絶対に誰にも気づかれないように。私に言えることはそれだけです」


 玉玲は文英の言葉に糸口を見つけ、彼の腕から手を離す。黒幕の存在を明かせない理由が烏洲にあるのだろう。今はこれだけの手がかりを得られれば十分だ。


「調べにいきましょう、太子様。烏洲へ。漣霞さんと莉莉も一緒に。誰にも気づかれないように調べるとなれば、あやかしの協力が必要ですから」


 提案した玉玲に、莉莉が意気込みをあらわにこたえる。


「おう、まかせろ! おいらがどんなことでも調べてやるぜ!」


 漣霞は幻耀に微笑みかけて主張した。


「幻耀様のご命令とあれば、あたしはどこへでも馳せ参じますわ!」


 全員の視線が幻耀へと注がれる。


 しばらく逡巡しゅんじゅんするように瞑目してから、幻耀は瞼を開けて告げた。

 胸の奥からしぼりだすような低い声で、「わかった」と。


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