第41話
賽銭を入れて本坪鈴を鳴らし、朱璃と並んで拝礼する。
やりたいことが見つかりますように――。神頼みなどはなから当てにしていないが、神社とは日々の願いや感謝を神様に伝える施設なので、智大はそう祈ったのだった。
おみくじとお守りの購入を済ませると、智大たちは境内を出た。屋台は行きよりも盛り上がっていた。人が増えてきたせいか思ったより暑く、朱璃はマフラーをほどいた。屋台の俗っぽい匂いと対照的な、薔薇のような香りとともに白く細い首が露わになった。なぜだか見ていられなくて、智大は目をそらした。イカ焼きの屋台を通り過ぎたところで朱璃は休憩用のベンチを指さし、聖母のような微笑をたたえた。
「お疲れさまでした。席が空いていますし、少しばかり休憩いたしましょうか」
「初詣の作法とかよくわかんないんで緊張しましたよ」
「こういった神事は形式的になってしまいがちですものね」
東はベンチに腰かけ、野太く呻きながら肩を回す。
そして案の定というべきか、朱璃は座る素振りなんて微塵も見せずにバッグから財布を取り出した。
「わたくしはイカ焼きと焼き鳥と他にも気分で食べ物を買ってきます」
「やっぱりか」
最後の「他にも気分で」がほとんどを占めていそうだ。
「浦本君は東様を見張――東様とご休憩なさってください」
「僕は大丈夫だけど」
同行しなくて大丈夫なのだろうか。東に目配せしたのもつかの間、朱璃は駆られるような急ぎ足で行ってしまった。早速ベビーカステラの屋台に並んでいる。
「良かったんですか?」
依然として止める様子のない東に、智大は問いかける。
「こっからでも動きは見えるから問題ねっす。ダメだったらもっと早く止めてますし、お嬢様もそれをわかってて行ったんだと思うっすから」
「東さん、お父さんみたいですね」
「なんか老けてるみたいで複雑っす……。せめて兄ちゃんで」
まんざらでもなさそうに笑う東は、主人をやわらかい眼差しで見守っていた。
信頼。
いつか言われたそれこそが、目の前の主従にふさわしい言葉なのだと思った。
「GPSの話、聞いたんすよね」
「はい」
「それでここんところ自由に動けなかったんすよ。いくらインドア派っつってもストレスでしょうし、これもいい機会っす」
やっぱり父親みたいだと思い、その隣で智大も少女を眺める。ベビーカステラをバッグにしまって、右手にイカ焼きと綿あめを持ち、左手で豚まんとフランクフルトを交互にかじっている。……相当溜まっていそうだ。
「相変わらずの散財ですね……」
食物という食物を胃に収めた朱璃は、残骸をごみ箱に捨て、射的へと向かう。
じっと目を離さないまま、東は彼女の話をしたのだった。二年前に使用人として働き始めたこと、その頃から使用人に嫌われていること、その原因の一つに金遣いの荒さがあること。
「不思議っす」
「何がですか?」
「ちぐはぐなのが」
「ちぐはぐ?」
智大は首をひねった。
「うちの屋敷って大量に食材があるじゃないすか」
「大きい冷蔵庫が二つ並んでますね。使用人の皆さんも住まわれていることを考えれば妥当な量だと思います」
「あの半分くらいはお嬢様が買ってるんすよ」
「意外です。だからあんなに食材が充実しているのでしょうか」
冗談めかして言ったのだが、「そうっす」東の笑顔は張り詰めたものだった。
「必要な分の食材を計算して、安いときに安く買うんです。過去のレシートにも一切の無駄がない。お嬢様は、俺が知ってる人の中で一番金銭感覚がしっかりしてるんすよ」
智大は皿のような目を朱璃にくばせた。超高燃費な朱璃を見てきた彼にとっては信じがたい話だった。
そしてなにより、お金の価値を知りながら乱費を繰り返すのは、ある意味余計に金銭感覚が狂っているようにも思えた。
「計算問題が得意だとは思ってましたけど」
「そりゃ驚くっすよね。俺も同じ反応でしたから」
たい焼きにかぶりつく朱璃を見ながら、東は思い出したよう能天気に笑った。
「でも嬉しいっすよ、浦本君みたいな理解者ができて。金銭感覚もそうっすけど、お嬢様って色々変わってますから」
「まあ、教室でも浮いているのは確かですね」
「無茶振りとかされてないっすか?」
「されてないことはないですけど、無理強いはされてないです。いつも仲良くさせてもらってます」
「お嬢様のこと……じゃなくてもいいんすけど、辛いことがあるなら遠慮せず相談するんすよ」
「お気遣いありがとうございます」
「浦本君真面目だから色々抱え込んじゃうと思うんす。でも、話さないと伝わらないっすし、何かあってからじゃ遅いっすから」
相変わらずへらへら笑っていたけれど、口調で隠しきれない重みが彼の言葉にはあった。
「ありがとうございます」智大は再度感謝を伝えた。
「約束っすよ。浦本君みたいな子に限って案外中身は子供だったりするんすから、どーんと俺に頼ってください。どーんと!」
東は白い歯を見せ、効果音の通りに胸を叩いてみせた。
すると朱璃が上機嫌で戻ってきたのだった。
「お待たせいたしました。こちらがお二人分のイカ焼きと唐揚げ。あとはベビーカステラも皆で分けましょう」
指の間に何本も挟んだ串を、高度なバランス感覚で保っている。奇術師というよりは曲芸師か何かだ。「ねえママ、あれがサラマワシ?」「袋とか持ってないのかしら」妙な注目まで集めている。彼女の器用さからして落とすことはないのだろうが、先ほどまでの威勢はどこへやら、主人の代わりとばかりに東があわあわした。
「あっぶな⁉ い、一旦車に戻りましょうか、人増えてきたっすから」
「はい。では浦本君、半分持っていただけませんか?」
「半分って言ってもどれをどうやって持つのが正解なんだ……」
智大はしなやかな指を見つめ、恐る恐るといった感じで手を伸ばした。豪遊の結晶をジェンガみたく引き抜いていった。互いの指が優しく触れ合う。そうして三本目を取ったときにふと目線を上げると、朱璃の顔が赤く染まっていることに気付いた。
「浦本君」
淑女と言い張るにもしおらしすぎる態度で朱璃は呟く。
「その、だめですよ、わたくし以外の女性に……こんなことをしては」
「……ええと」
「貴方はお優しいのですから。あまり女の子を勘違いさせてしまうと、そのうち背中から刺されてしまいますわ。包丁で。こう、グサッと」朱璃は串を包丁に見立てて軽く突き出した。
昨日のおみくじの結果を思い出した。運勢は末吉で、『女難にことにきをつけなさい』と書いてあった。自分は今年刺されるのだろうか。背中から。グサッと。続く『待ち人 来る 驚く事あり』とはそういう意味なのかもしれない。
それは困ると思った。生物は死を恐れるものだから、僕は抗わなければならない。
「気を付けるよ」
爽やかな笑みを張り付けて、智大は車へと戻った。
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