第20話
それからややあって、特別にあたしのデッキを見せてあげるね、と、カードケースを渡した。章信は店の外のチェアで、麻耶のカードを一心に眺めている。
「面倒見がいいね。君もお姉さんなのかな」
パック売り場の前で智大は訊いた。
「んーん、むしろ逆。上の真似をしてるだけっていうか。浦本ほどじゃないと思うよ」
「そうなんだ」
「それに今は一人暮らしだからさ、そういうのあんまり関係ないよ。どっちかというと孤独なわけさ。両親とのメールだけじゃ流石に寂しいものがあるし、趣味の合う相手が欲しくて」
「高校生で一人暮らしなんて珍しいね」
「いや、一応は家族で引っ越してるの。田舎不便だったし。ただ、せっかくなら一人暮らしの練習とかしてみたいと思ってさ。ある程度仕送り渡すから、しばらく一人で生活してみたら? って話になったわけ」
「なるほど。うちのマンション安いもんなあ」
情報をインプットしながらも少女の顔は見ず、智大は並んだパックを見つめた。西洋風の戦士が描かれている。
「ま、流石にバイトはしてるけど。独り立ちの練習だし、親に面目立たんし」
「立派だなぁ」
「浦本もバイトとかしてるん?」麻耶は、突然ぶっこんできた。「部活には入ってないみたいだけど」
アルバイトの詳細については誰にも話さないようにしている。
「一応ね」智大はそう答えていた。「仲間って感じがするな。そういえば色々誘われてたけど、君も部活動はやってないの?」
そういう性分だと自覚していた。知られたら死ぬわけでもないが、余計なことは話さない。食いつくふりして話をすり替える、とも言える。
「まあね。……そういうのにかまけてらんないから」
静かに言い、麻耶はトレードマークの帽子を被り直した。
会話が途切れる。智大から話すことは特にない。
麻耶が若干近寄った気配がして、次の瞬間、脇腹辺りを肘でつつかれた。
「さっき言いかけてたけど、来週遊びに行くんだって?」
声に野次馬根性をにじませて麻耶が言った。愛嬌たっぷりだが、沈黙の気まずさを振り払うようにも聞こえた。
「そうだけど」
「やっぱ、相手は黒塚さん?」
隠そうかと一瞬思ったが、隠していたことが後でばれると余計にそれっぽくなってしまうと思い、正直に言うことにした。
「まあ、そうだね」
「へー……」
ご満悦のようだ。智大の答えに、麻耶はにやついた表情のままでうなずいた。麻耶といい、治といい、どうして恋愛脳ばかりなのか。男と女を足した先に恋愛がなければ栄養失調でもなるのだろうか、と彼は思う。
「からかわないでくれよ、恋人とかじゃないから」
「そんなことしないってぇ。でもさ、ちょくちょく一緒に下校してるじゃん。街案内の恩もあるし、もし好きならあたしも応援したいなーって」
下校の件はアルバイトの都合だ、とは言えなかった。週三回のコスプレをばらそうものなら、後々面倒くさくなることは目に見えていた。
「そうは言われても、本当にただの知り合いだからなあ」
智大が誤魔化すと、麻耶は「し、知り合いって……それ、本心っぽいね」と突然苦い顔でこたえて、パックを取ってレジへと向かった。なんとなくついていって、会計を見送った。そのまま店の外には向かわず、章信に聞こえない場所に移動して麻耶は続ける。
「二人がどういう関係とか知らないから詳しくはツッコまないけど、黒塚さんの気持ち、もうちょっと考えてみても良い……かもね」
「どういうことかな」
「浦本的にはただの知り合いらしいけど、だとしたら二人きりで出かけるのかって話。口ぶり的に君から誘ってるとは思えないから、多分遊びに誘ったのは黒塚さんからでしょ」
言わんとすることを読み取り、智大は信じがたいといったふうに顔をしかめた。
「まさか、黒塚さんが僕を?」
「実際どうかは知らんよ。あの人中二病っぽいっていうの? 演技じみてるっていうか、何考えてるかわかんないし」
「それはまあ……」
「一番わかんないのは、浦本だけどね」
責めている、というよりは、憐れんでいるような目だった。言葉を返す前に、なはは、と麻耶が笑いとばした。
「ま、あたしがとやかく言うことでもないか。行こ行こ、弟君待たせんのもあれだし」
麻耶に言われ、智大は首を縦に振った。一本のロープの上を渡り歩くかのように足取りはおぼつかなかった。
そんなことがあり得るのだろうか、と彼は思った。あの黒塚令嬢が自分を好いているなど到底信じられない。しかし、もし彼女と付き合うことが許されるとすれば、自分は一体何を望むのだろう――。
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