五章 ワン・クエスチョン
第31話
餅が餅屋であるように、ピスキストにはピスキストなのかもしれない。
クリスマスの朝は、義弟の叫び声が目覚ましだった。何事かと部屋に入り見渡したのも束の間、章信はイノシシの如く智大に詰め寄り、「義兄さん見て見て、今年のプレゼントずっと欲しかったやつなんだ。ブラストサーディンドラゴンのケース! しかもでかいやつ!」カードゲーム用のデッキケースを満面の笑みで見せつけてきた。
「おお、いいな、かっこいいじゃないか」
「うんっ! 早く麻耶姉ちゃんにも見せたいなあ」
話を合わせてやると、ますます機嫌を良くするのである。もうすぐ小学六年生を迎える章信がサンタさんを信じているかどうかはわからない。が、少なくともその正体が麻耶であるなんてことは、想像だにしないのだろう。
智大はリビングに向かった。母も義父もすでに仕事に出ていた。出しっぱなしの食器を洗いながら章信への埋め合わせを考える。
なかなか思いつかない。
楽しいという感覚がわからない智大にとって、他者に楽しさを提供することは至難の業だった。例えばテレビゲームに誘ったとして、章信がそれを求めている保証はどこにもない。タスクの遂行にあたって根拠のない行動は取れない。かといってカードゲームは無知なので章信の趣味に付き合うこともできない。どうしたものか。
やっぱり僕もカードゲームを始めるべきかな――。智大は深く思考した。他者との親睦を深めるにおいて趣味の共有は合理的なので、こういうことを時々考える。しかし、考えるだけで行動には移せない。
理由はいくつかあった。
まず、足りないものは娯楽の内容ではなく時間だと自覚していたからだ。もしカードゲームを始めても、ルールやカードを覚えきるだけの時間がない。そうなれば全て中途半端になる。欠落を嫌悪する智大にとって、それは許されないことだった。
なにより、その役割は麻耶がいる。既に供給がある以上、同じことをしても機能が被るばかりで非効率なのでは。がらんとしたキッチンに立って、智大は思考を止められずにいたのだった。
壁の掛け時計の針は十時を指していた。朝食にはやや遅いが、昼食をとるにも早すぎる。ちょうど最後の大皿を洗い終えたところでチャイムが鳴った。どうしようと言いたげな章信を笑顔であやし、玄関からドアスコープで外を覗く。紺の帽子と缶バッジ。……羽根田麻耶だ。
智大はドアを開けた。
「おはよーさん」
声の様子からして寝起きのようだ。
「昨日はありがとう。夕食まで作ってくれたんだってね」
「章信君のこと? 気にしないでよ。あたしがただ遊びたかっただけだし、君には普段から世話になってるしさ」
「そういってくれると嬉しいよ。それで、何か用かな」
章信の様子を見にきたのだと麻耶は言った。プレゼントに狂喜乱舞していたが、あれを選んでくれたのは他でもない彼女なのだ。こんな朝から訪ねてきたのもそれだけ気になっているからだろう。
「ブサドラのやつどうだったよ」
麻耶がひそひそ声で言う。
「ブサドラ?」
「ブラストサーディンドラゴン。略してブサドラ」
「不名誉な略称だなあ」
「あ、麻耶姉ちゃんだ。おーい」そのとき、章信が駆け寄ってきた。
「章信君じゃん。メリクリー」
「メリークリスマス。見てよ、プレゼントね、カードケース貰ったんだよ! ブラストサーディンドラゴンっ!」
紋所のごとく突き出されたケースを見て、麻耶はさも知らなかったかのように興奮した声を上げた。
「超かっこいいじゃん! しかも欲しいって言ってたやつでしょ」
「うん!」
「よかったね、大事にするんだよ」
「うん、うんっ!」
章信はカードケースを見、再び目を輝かせた。
「そうだ。羽根田さんって今日は暇かな」
思い出したように智大が言う。
「おっ、なんかやる感じ?」と乗り気な麻耶。
章信の視線までもがこっちに向いて、智大は照れ臭そうに頭を掻いた。
「せっかくの休みだから章信と遊びたいと思ってるんだけど、二人でできることなんて限られてるだろう? こないだ引き出しから人生ゲームが見つかってさ、よければ一緒にどうかなって思って」
「んー」
それから十秒ほど、沈黙が挟まった。
「あたしでいいの?」
麻耶が不意に呟く。
「どういう意味?」
「いやさ、そういうのは年末年始に家族団らんでやったりしない……のかなぁみたいな。あんまご家庭のこと触れるのもあれだと思ったんだけど」
「あはは、大丈夫大丈夫。仕事で疲れてるだろうから休ませたいなって話を章信としてたんだ。それに人生ゲームだけが団らんじゃないしね。もちろん、無理なら無理で大丈夫だよ」
それを聞いた麻耶は目に見えてほっとした顔になって、「んじゃあたしも参戦しようかな」と、白い歯を見せて笑った。
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