第27話
麻耶に押し付けられた謎の便箋。内容こそ注意喚起であるものの、雰囲気はさながら犯行予告だ。
『二人がどういう関係とか知らないから詳しくはツッコまないけど、黒塚さんの気持ち、もうちょっと考えてみても良い……かもね』
カードショップでの言葉を思い出した。
心や感情といったものに疎いことは、彼自身よくわかっていた。麻耶の苦言にも納得している。
しかし、なんだこれは。口で言えば済む話なのに、こんな回りくどいことをする理由がわからない。気もない女というのは、まさか彼女自身も含まれているのだろうか。
章信なら彼女のことを何か知っているかと思い、改めて一度帰宅することにした。
デートの日以来、章信は麻耶と仲良くなったようだった。麻耶姉ちゃん、などと呼んでいるほどだ。
マンションに着き、麻耶の住む402号室の前を通りがかる。チャイムを押してみるが、扉の向こうからは物音一つしない。
当然か、と思いつつ、智大は自宅の鍵を開けた。
「ただいま」
元気よく言ったが、章信も留守のようだ。どうやら当てが外れたらしい。
仕方がないので自室に戻り、勉強の前に便箋を見返す。シンプルな白い便箋だ。宛名も差出人も書いておらず、メッセージだけがど真ん中に貼られている。
切り貼り文字を使う主な利点として、筆跡鑑定されないことがあげられる。そして内容といえば、
「気もない女とベタベタしないで、か」
文面だけを追えば、それなりに真っ当だとは思えた。しかし、物々しいフォントと言葉選びが、執念にも似た何かを感じさせた。事件の臭いすら漂ってくるではないか。
……事件?
何かの記憶が引っかかった。
『身の回りで何か変わったことはございませんでしたか』
『はい、どんな些細なことでも構いません。もしも変わったことがあればおっしゃってください』
今度は朱璃の言葉を思い出す。
彼女は何を思ってあの質問をぶつけてきたのだろう。便箋に心当たりがあるのか? それとも黒塚さんも似たような目に?
そのとき、扉の開く音がし、「ただいまー」章信の声が家に響いた。便箋を隠して迎えに行くと、章信が駄菓子片手に立っていた。
「おかえり」智大は兄らしく笑った。「羽根田さんどこにいるか知ってる?」
「麻耶姉ちゃんに用事?」
「ちょっとね」
ちょうどよかったので訊いてみる。犯行予告みたいなのが届いた、とは言えないので、思いつきの方便を垂れた。
「麻耶姉ちゃんならどっか行っちゃったよ」
章信は何か知っているようだ。
「どういうことかな」
「さっきまで一緒に遊んでて、スーパーで一緒にお菓子買ったんだ。それで帰るとき、麻耶姉ちゃん……みたいな人がもう一人いたんだよ。すぐ見えなくなったけど」
靴を揃え、章信は不思議そうに話した。「……なんだって?」智大もまた怪訝な顔をする。それを見た章信が、
「ああっ、俺の見間違いかもしれないから、その、ごめんね。帽子と髪がそっくりで」
と、弱々しく付け足した。
章信は買い物するとき、きぶし公園を曲がったところにあるスーパーによく行く。ルートから逆算するに、章信も公園付近で見かけた可能性が高いだろう。
「その人は公園で見かけたのかな」
「うん。ちょうどうちのマンションの方向に走っていったよ」章信はスマホの地図アプリを確認していた。「方角でいえば北だね」
智大もスマホを覗き見た。地図には北から順に、きぶし川、マンション、きぶし公園と並んでいる。
「きぶし川に向かったのかなあ。それでそのことを伝えたら、『急にごめんなんだけど、あたしあの人に用事があるの。また今度ねっ』って、カツ咥えたまま追っかけてっちゃったんだ」
章信はきょとんとした顔を浮かべた。
彼の話が本当なら、さきほどの麻耶は麻耶ではないということだろうか。
手紙の内容からして、頼み事など引き受けてくれる状態ではないだろうと諦めていた。が、便箋の人物が麻耶でないならば話が変わる。本来の目的である頼み事をしつつ、それを建前に探りを入れてみるのが得策だろう。
智大は近くの時計を覗き見た。時刻は午後の五時。あまり遅いと迷惑をかけるが、まだ取り合ってくれるかもしれない。
「ちょっと用事があるから探してくる。七時までには戻ってくるつもりだから、晩ごはんは作らなくていいよ」
「いってらっしゃーい」
智大は愛する義弟の頭を撫でると、急ぎ足でマンションを出た。
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