第64話 氷使いが冷たいとは限らない

 ――命のやり取りを、始めよう。

 俺は決意を固めると、大きく後ろに飛び退った。

「待てっ!」

 コキュートスは手をかざして空中に氷の塊を複数生み出すと、それを高速で打ち出してくる。

 しかし――くうを走った閃光がそれらを叩き落としていき、俺には一つたりとも届かない。

「守るのはオレの十八番なんだよ。オレが居る限り、ナオヤには手を出させねえ」

 ゼアルは俺とコキュートスの間に立ちふさがり、そう言ってのける。

 その背中は小さいけれど、とても頼もしかった。

「ゼアルさん、愛の力ですね」

「ぶっ!」

 そういえばヴァイダさん、ゼアルが俺の事を好きとかなんとか言ってたなぁ……って戦闘中なんだけど!?

「こんな時に茶化さないでください!」

「すみません、つい」

 そんな事を言いつつも、ヴァイダは構えを解かず、こちらに一瞥くれる事すらしない。

 なんともはた迷惑な事だが、これが彼女の戦闘スタイルなのかもしれなかった。

 仕方ないと諦めて、気合を入れ直す。

 どんな動きも、どんな現象も全て余さず見て取って、分析し、全てをつまびらかにして相手の弱点を見抜く。

 俺のすべきことはそれだけなのだから。

「迷惑をおかけした分は、体でお払いしますっ」

 だからまたそんな微妙な事を……じゃない。目の前には最高の知識を持った天使が居るのだ。彼女は如何なる魔法、魔術をも使いこなすエキスパートである。

 さすがにその魔法の専門家には劣るようではあるのだが。

 なら……。

「複数の属性で一度に攻撃できますか?」

「多少弱くても良いのなら」

 雷撃と、魔力を編んだ障壁は見た。

 斥力は普通に効くところも。

 何となくだが相手の能力の健闘はついている。だがもっと確実な証拠を得るためにはもう一手足らない。

 そして倒すためにはもう一手必要だ。

 だから……。

「私は――お前を許さないっ」

 俺の思考を遮る様に、風が生まれる。

 周囲の大気が吸い上げられていき、コキュートスの正面に巨大な氷塊が作り上げられていく。

 固体窒素の弾丸は確かに強力で、砕けた破片が当たっただけで被害をまき散らす厄介な攻撃だ。だがそれはゼアルが防げる。防げてしまうはずだ。

 ――それはとても都合が悪い。

 どちらか・・・・のはずだが、あっち・・・の方であった場合、殺しにくくなってしまう。

「ゼアル、聖楯を使わずに・・・・防いでくれっ」

「応よっ」

 俺の意図を察してくれたのか、ゼアルは光の障壁を何重にも展開して、コキュートスが撃ち出して来た巨大な氷塊を受け止めた。

 前方で激しく応酬する音が響く中、俺はヴァイダの方へと向き直り、途切れてしまった会話の続きを始める。

「ヴァイダさん。熱、氷、冷凍、風でお願いします」

「細かすぎです。まるで研究者ですね」

 確かに、俺の要求は戦闘中するようなものではない。だがそれをする事で圧倒的に戦闘時間を短縮できるのだから構わないはずだ。

「ただの学生ですよ。それで、それが終わったらやって欲しい事があります。それは――」

「分かりました。でも今の短い間にそれだけのパターン作戦を考えられたのですか?」

「想定してただけですよ」

 秘策をヴァイダに授けた後、アウロラへと視線を向ける。

 彼女には最初の時の様に一緒に戦ってもらう予定だった。

「アウロラ、頼みがある。俺たちは……」

「やるよ」

「え?」

「ナオヤのお願いなら何でもやるから」

 何も言わずともアウロラは大きく頷いてくれる。彼女は俺の事を一ミリたりとも疑わず、根拠となる科学的知識も無いのに信じてくれていた。命を預けてくれていた。

 一か月前に知り合ったばかりだというのに。

「ありがとう。頼む」

 俺は藍色の瞳をまっすぐ見つめ、万感の想いを込めて礼を告げ――戦場へと向き直った。

 それじゃあ――。

「行くぞ、コキュートス!」

 俺はそう宣言すると、ゼアルの背中から飛び出し、円を描く様に回り込んでいく。

 そのまま右手を構え――。

≪ブラスト・レイ≫

 光線の魔術を放つ。

 莫大な熱を内包した光線は、地面にこびりついた氷を瞬時に蒸発させながら突き進み、コキュートスの側頭部に突き刺さる。

「そんなものっ」

 ジュっ、という音がして水蒸気の煙が沸き上がったが、真っ白な魔族がその煙の中から姿を現す。

 当然の様に火傷ひとつついていない様だ。

 逆襲とばかりに放たれた雹弾が、先ほど溶かしたばかりの地面を再び凍てつかせながら突き進んでくる。

 それを俺は横っ飛びで躱す。

「こちらを見なくてよろしいのですか?」

 ヴァイダが俺の希望通り、4属性の魔法の球を同時展開し、コキュートスの周囲に浮かべる。

 一気に攻撃してしまえばいいものを、わざわざ警告するのは、俺が見やすい様にだろう。もしかしたら先ほどの言葉は俺に向けられたのかもしれなかった。

「神の知を受け継ぎし天使、ヴァイダ。参りますっ」

 自身の魔法によって相殺されない様、僅かに着弾のタイミングをずらし、連続して魔法がコキュートスへと襲い掛かる。

 その威力は先ほど多少弱いなどと言っておきながら、どれにも必殺の威力が籠められていた。

 それをコキュートスは――。

「ふっ」

 氷の球を掴み取り、冷気の球へと叩きつけ、風の球を殴り飛ばす。

 炎の球は、避ける事すらしない。コキュートスに炎の球が触れるや否や、あっという間に消え去ってしまった。

「ヴァイダさん、冷気か氷だけで攻撃を!」

 俺はコキュートスがどう対処するか、全てを見て取った。それで彼女の能力を理解する。

 コキュートスがまず氷を警戒したのは、それが一番効くからだ。

 彼女は――。

「コキュートスは、冷気を操るんじゃない。熱を吸収して力に変える魔族です」

 だいたい、イフリータと真逆の冷気を操る存在がイフリータの事をお姉さまと呼んで一緒に居る事がおかしい。お互いに相殺しあって弱体化してしまう。

 だが、コキュートスが熱を吸収して力に変える魔族ならば話は別だ。

 むしろ力を得るためにイフリータに依存していたのではないだろうか。

「だから、熱を奪われることの方がむしろ弱点になります」

 俺の言葉を聞いたコキュートスの顔に一瞬驚愕が走る。

 どうやらそれで正解だった様だ。

 実は、少し鎌をかけた部分もあったのだが、魔族はそういった駆け引きには無頓着だったようで本当に助かった。

「ゼアルは守護の塔に帰ってくれ。首都の結界を張り直さないといけないし、他の都市の結界がそろそろ消えるだろ?」

「そりゃ、そうだが……」

 俺を捕まえるので10分使ってしまい、その上コキュートスと戦って10分以上使っている。以前は魔石を大量に消費しつつ魔術師たちが維持していたのだが、今は全員が王族や国民の護衛や被害確認及びその救助などの任務についているはずだから、結界にまで手が回らないのだ。

「大丈夫だ、俺はコキュートスを倒せるから」

「でもよぉ」

 ゼアルは心配そうに俺を見つめる。

 相手は彼女の障壁を容易に砕くほど強力な魔族なのだ。心配して当たり前かもしれない。

「ゼアルにしか守れない人たちが居る。その人たちを守ってくれ」

 迷っている暇はない。

 一瞬の逡巡の後、ゼアルが頷く。

「……分かった、けどな」

 言葉と共に、ゼアルから金色の輝きが飛んできて俺とアウロラを包み込む。

 俺の守護天使様は、どうやら少しばかり過保護の様だった。

 直接触られて吸収されてしまえば一巻の終わりだろうが、氷塊や冷気程度ならばある程度は防げるだろう。

「怪我すんなよっ」

 それだけ言い残すと、ゼアルは守護の塔へと飛んでいく。

 コキュートスの目的はイフリータを殺した俺なのでゼアルが居なくなろうと関係ないようで、視線すら動かさなかった。

「さて、じゃあ……」

 ヴァイダがトドメの準備を終えるまで……。

「戦うとするか」

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