第12話 女同士

「あらぁ~!すごい格好ぉ。ケンかでもしましたのぉ~?」

二人が店に入ってくるなり、リリスは声をあげた。

ほこりと泥にまみれたバーンと臣人がやって来たからだ。

シャツもところどころ破けている上に、バーンは血だらけ、臣人は青あざだらけである。

「いや、」

「一晩、一緒にいただけでやで。」

臣人の言葉にバーンはちょっとギョっとした。

誤解を招きそうな発言である。

そんなバーンの顔を見て臣人はニカッと笑った。

リリスはくすっと微笑むと、タオルを2枚差し出した。

「大変なことになっているような気がしましたのでぇ…」

テルミヌス自体の営業はもうとうに終了している。

が、リリスは店を開けて待っていてくれた。

「まあぁ!どうしたんですのぉ?この子ぉ~?」

さらにリリスが歓喜の声をあげた。

バーンの頭にちょんとのった黒い子猫に気がついたのだ。

「なんてぇかわいいサキュバスちゃんなんでしょうぉ~。」

「かわいい!? かわいいんか?」

臣人が驚いて、バーンの方を見た。

が、バーンは『さあ?』という感じで肩をすくめた。

リリスはサキュバスの変化した子猫を手招きした。

すると素直に彼女の胸に抱かれたではないか。

「この子が、おイタをしていたんですかぁ?」

「そうや。おかげでこの格好ざまや。」

「まあ~、いけない子ねぇ。」

リリスは手のひらに子猫をのせると説教を始めた。

「今度、このお二人にこんなことをしたらどうなるか思い知らせてあげましょうねぇ。今回は初めてということで見逃してあげますけど~いいですわねぇ~?」

リリスの顔はとても穏やかで、微笑んでいる。

しかし、サキュバスは何か感じるものがあるのか、それとも本能か、ビクついた眼をして、「みゃあ…」とひとことだけ鳴いた。

「やけに素直やな。あのナイスボディのねーちゃんにとても似つかない姿やぁ。にしてもああいう豊かな胸に頬ずりして、で、いっぺん眠ってみたいもんやなぁ。」

臣人は妄想でだらけた顔をした。

その声を聞くなり、子猫はリリスの手からジャンプして、臣人の鼻のあたりをするどい爪でひっかいた。

「いってえ!! なにさらすねん! ちょっと言ってみただけやろっ」

「にゃーにゃーにゃーーーっ」

子猫は毛を逆立てて、怒っている。

バーンはカウンターのイスに座って、醒めた眼でその様子を眺めていた。

「もう少し、しつけしないとダメですわねぇ~。」

リリスは、あきらめ顔だ。

「リリス。」

急にバーンが彼女の名を呼んだ。

「はぁい?」

彼女は氷水を差し出しながら返事をした。

「しばらくサキュバスあいつを預かってもらえないか?」

「ええ、構いませんわぁ。少しこの世界での生き方を厳しく思い知ってもらいましょうぉ。バーンさんあなたもそのつもりでここに連れてきたのでしょうぉ~。」

「すまない。いつも無理言って…」

「いいえ~。」

リリスはにっこり微笑んだ。

「ちょうど人出が欲しかったところですからぁ。それに仕事が入ってきたとき普通のバイトさんだとこちらが困ってしまいますもの~。いずれ“使い魔”としてお使いになる予定でしょうぉ。でしたら優秀な“使い魔”に調教して差し上げますわぁ~。」

リリスはそっと髪をかきあげた。

そして不気味な微笑みを浮かべたが、バーンには見えなかった。

「リリー、なんか食わしてぇな。腹減った!」

ようやく一悶着がおさまって、臣人がもどって来た。

そう言うなり、カウンターでつぶれている。

「サンドウィッチを作っていましたけどぉ、召し上がります~?」

「食う、食う!! 食わしてぇ!」

ようやく、何気ない日常が戻ってきた。

あたりは熱いコーヒーの香りでいっぱいになっていた。



すべてはルーンの導きのままに

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