第9話 門(4)

うつむきながら言ったバーンの声は爆音と爆風にかき消されてしまった。

鉄の扉にもダンダンッと何かが勢いよく飛び、打ちつける音が響いた。

“守護者の門”の1枚がこっぱ微塵に砕け散ってしまったのだ。

「うぐっ」

ドサッ。

碓氷もその爆風で壁に叩きつけられてしまった。

頭を強打し、石畳の上で気を失って倒れていた。

臣人は早く中へ入らなければならないと思い、バーンに肩を貸しながら立たせると、扉の方へと歩き始めた。

バーンは手も足もだらりとなって、人形のようだ。

歩ける状態ではなかった。

「バーン、おい!わいの声が聞こえるんか?返事せい?」

バーンの左腕を肩に掛けて引っ張りながら、臣人は叫んだ。

彼の頭はガクッとうなだれたままだ。

「バーン!?」

「…聞こえ……てる…よ。」

力のない声であったが、臣人は少し安心した。

ようやくバーンの顔が上がった。

「今の音は、なんやった?」

「わから…ない。とにかく中へ、」

バーンに促され、臣人は扉に手を掛けた。

押してみると、何の抵抗もなく扉は開いた。

内側から掛けられていた閂も、さっきの爆風で吹き飛ばされていたのだ。

バーン達はようやく中へと入ることができた。

あたりは飛散したほこりで真っ白だった。

彼らは、口元を手で押さえながら少し咳き込んだ。

ところどころ松明も消えているため、詳しい状況は視覚で確認できる状態ではなかった。

「臣人、」

ふいに、臣人の肩に支えられていた腕が離れた。

バーンはひとりでその場に立とうとした。

「立てるんか?」

「…ああ。」

ふらつきながら、バーンは自分の足でそこへ立った。

暗闇に眼を凝らす

部屋の中央に半分になった石壁が、かろうじて存在を訴えるように立っていた。

それを一瞥して、バーンは表情が変わった。

「“守護者の門”ガーディアンズゲート!?」

その石壁の残骸を見るなり、バーンは眼を疑った。

「“守護者の門ガーディアンズゲート”?なんやそれ?」

「何で日本に…?ヨーロッパにしかないはず」

あまりの驚きに言葉がでないようであった。

バーンはやはり立っていることができないようで、ヒザをついた。

前に踏み出した臣人の足に何かが当たった。

赤い法衣をまとった碓氷だった。

「うっ」

頭を押さえながら、ようやく上半身を起こした。

「碓氷はん。あんたが碓氷はんか? しっかりしいや。」

臣人が声を掛けながら、碓氷を抱き起こした。

「一体、どうなって?」

碓氷は目を開けて、惚けたようにまわりを見回した。

飛び散った石の塊がいくつも法衣の上にのっていた。

碓氷の顔は見る間に赤くなり、臣人の胸ぐらをつかんだ。

「なんてことをしてくれたんだ!!」

「わーぁ、誤解や誤解。わいら何もしてへんがな。」

両手を万歳させて臣人は訴え続けた。

しかし、碓氷は怒りで我を忘れていた。

「あと一歩。あと一歩で封印の儀式が完了するはずだったものを!それを邪魔しおって!!」

さすがの臣人もムッときたのか、語気を荒げた。

「ストップ!わいらがどうとかこうとかより、あんさんも神父さんなら、このまわりの異状に気ぃついてな。ほらっ。」

碓氷は臣人を責める動きを止め、“守護者の門”の方に向き直った。

闇がその周囲にドロドロとまとわりついているかのように見えた。

そのあいだを縫うように不気味な蒼い光は、依然として放出されたままだ。

ようやく碓氷も事態の異常性を感じとった。

次第に飛散したほこりが床に沈み、視界がひらけてくる。

ヒザをついたままバーンはずっと“守護者の門”を見つめていた。

崩れ去った石壁の向こう側に、蒼い光に濃い所と薄い所とムラができはじめた。

何かがそこにあった。

異様なまでに強い何かが、徐々に姿を現しつつあった。

バーンはそれから眼が離せなかった。

「……!」

どんどん形をなしていくその物体は、細長く固まっていった。

それがゆっくりと床に倒れ込むように横たわった。

(こいつは。この気配、からすると。)

「臣…人!」

「あん!?」

「ゲートから…実体化する。」

(もう、止められない)

バーンは力のない声で警告した。

臣人はバーンの方を振り返って見た。

「何がや?」

「……」

はっきりと見て取れるようになった片壁の“守護者の門”。

それを囲んでいる魔法陣の中にあったのは、かなり大きい物体だった。

床にうつぶせになるような影は人間の姿に見えた。 

人形ひとがたの何かが、むっくりと立ち上がった。

それは一糸まとわぬ裸体の女性だった。

バーンはその姿を見て、思わずつぶやいた。

サキュバス淫魔?」

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