第8話 門(3)
地下での儀式もあとは最後の手順を・・・という段階になっていた。
「何だ?」
碓氷はようやく異変気づいた。
この場を満たしている雰囲気の異常に気がついた。
何かが闇の中で脈動しているような、そう赤ん坊の胎動のように空気が振動している。
それが、一定のリズムで続いているのだった。
「この異様な『気』の高まりは?」
碓氷は周囲を見回した。
人ならぬものが潜んでいるような気配はない。
祭壇から聖水の瓶を取り、握りしめながら“守護者の門”へと近づいていった。“守護者の門”は、次第に蒼い光に包まれていった。
遠くでかすかに水音がする。
だがそれは、闇の脈動にうち消されてしまった。
水滴の落ちるスピードがあがっていた。
碓氷は、はっとして立ち止まった。
「ばかなっ!?」
目の前にそびえる“守護者の門”に、次第にひびが入っていく。
一本また一本と。
ビキッ…ビキッと音をたてながら、ひびから大きな裂け目になりつつあった。
「封印が!?儀式には、何の落ち度もなかったはずだ。おお、主よ。」
碓氷は胸で十字を切った。
と、その時、
「碓氷さん!!」
この地下室の唯一の入口である鉄製の扉を外側からたたく音と呼ぶ声がした。
バーンと臣人だった。
ようやく、隠し扉になっていた入口を見つけてここまで来たのだ。
臣人が思い切り扉の取っ手を引っ張ってみる。
「くそっ」
扉には重くてビクともせず、また内側から閂がかかっていて開けることはできなかった。
バーンは、その臣人の肩に手を掛けながら立ち、そして叫んでいた。
「碓氷さん!!ここを開けてくれ。」
その声を聞いて、思わず碓氷はその扉の方を振り返った。
「バーン…君?」
(なぜ彼がここに!?)
碓氷はもう一度、“守護者の門”の方へと振り返った。
なおも崩壊はとまらない。音をたてて壁が崩れている。
むしろ勢いが増しているように見えた。碓氷は紅潮した顔で、何かを確信した。
「君!君の仕業だな!私の儀式の邪魔をしているのは!いい加減にしたまえ。何の権利があって」
大声で扉の向こうから、罵詈雑言を浴びせかけてきた。
“守護者の門”が光をさらに放ち始めた。
蒼い、揺らめくような光が帯状になって天井にまで到達した。
それは明かりとりの松明の炎よりも強く、この空間すべてを蒼く染め上げていた。
キイイイーン。
と、甲高い音が耳をつんざいた。
思わず臣人も碓氷も手で耳を覆った。
バーンは右眼を押さえながら、ガクッとその場に倒れ込んだ。
「バーン!?」
臣人が驚いて、彼を支えようと近づいた。
バーンを抱き起こすと顔をのぞき込んだ。
彼は右眼を手で押さえ、中空を見たまま苦しそうに警告した。
臣人もこの扉の向こうで起こっていることが、ただならぬ事だと確信した。
「共鳴して…る。」
「なんやて?」
「封印を突き破って…出てくるヤツがいる。」
そう言うとバーンの顔が苦悶に歪んだ。
その苦痛に耐えるかのように固く握られたこぶしが震えていた。
汗が彼の金髪に次々吸い込まれ、まるで水でもかぶったようだ。
(こりゃ、相当まずいでぇ。)
肩に手を掛けていた臣人は、信じられない表情を浮かべた。
彼の身体はシャツを通してでも、はっきりそれとわかるほど燃えるように熱くなっていた。
臣人は、バーンを壁際へと連れ、寄り掛からせた。
頭を壁にもたせかけるようにし、バーンは顔を上の方に向けた。
身体が重く、思うように動かない。まるで鉛の枷でもはめられているようだった。
指先や、足先は冷え切っていた。
視線だけを扉の方に向けた。もう一度、扉へ向かう臣人の背中が見えた。
「碓氷はん、開けてくれ。わいらも手伝うさかい。目の前の代物は相当ヤバイでぇ!碓氷はん!」
臣人も扉を叩きながら、思わず叫んでいた。
そんな声も耳に届いていないのか、碓氷は振り返ったまま“守護者の門”を放心したように見ていた。
石の塊がボロッボロッと床に落ちて、転がっている。
突然、意識が戻ったように慌てて碓氷は聖水の瓶の蓋をとった。
小さなガラスの蓋が、床に落ちて弾んだ。
最後の儀式を行おうとした。
「主よ。我らが王国を救いたまえ。主よ、我が言葉を聞き届けたまえ!」
聖水を魔法陣の中へ、“守護者の門”へとまいた。
急にバーンは苦しむように声を上げた。
腕や背中から煙が上がっていた。
その声を聞きつけて、臣人がバーンのそばへ駆け寄った。
大きく開いたシャツの胸元からは、赤くなった火傷の痕が見えた。
「おい、バーン!」
手でバーンの前髪をかき上げる。
バーンの両眼は固く閉じられていた。
「しっかいりしぃ!バーン!!」
臣人が彼に声を掛けても、彼の意識は違う方へ向いていた。
うわごとのように、何かをつぶやいていた。
「碓氷さん、ダメだ…。プラスの力に…プラスをかけては!」
その刹那、臣人とバーンがいる鉄製の扉の向こうでものすごい轟音がした。
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