第7話 門(2)

真っ暗な礼拝堂の地下。

ここ3週間以上かけて毎日同じ時間に同じ儀式が繰り返されていた。

この場所は壁も床も天井も石造りで、上に建っている近代的な造りの礼拝堂とは似てもにつかぬ雰囲気である。

きっと、ここは礼拝堂ができるずっと以前に造られていたものに違いなかった。

窓がない全くの密閉空間だった。

かなりの広さがあるにもかかわらず、その場を支配している雰囲気は不気味な圧迫感が広がっていた。

壁にはところどころ松明が燃え、わずかばかりの明かりを得ていた。

その明かりに照らされるように、部屋の中央には何かがものすごい存在感で建っていた。

高さ約2.5m、幅約2m、厚さ約30cmの石が二枚横並びに隙間なくピッタリと扉のように並んでいた。

石の表面にはなにやら文字が刻まれているようだが、それを読み取ることは暗くてできなかった。

床にはその石壁を取り囲むように2重の大きな円が描かれ、その円と円の間にも呪文のような文字が書かれていた。

赤い法衣をまとった碓氷は、石壁の前に作られた祭壇に向かって歩み寄った。

祭壇の上に置いてあった聖書を手に取ると、その1節を読み始めた。

日本語ではなく、ラテン語で読んでいるため、読経のように聞こえる。

時折、したたり落ちる水滴の音以外に、この空間には常に静寂が流れていた。

5年に1度の儀式。

長く続いた一連の儀式も佳境を迎えている。

碓氷は聖書を閉じると目の前の石壁を見つめた。



「みんな鍵が掛かってとるな。」

臣人は礼拝堂の入口の扉を開けようとするが、内鍵でビクともしなかった。

陽はとうに暮れている。

校内には、もう人っ子ひとりいなかった。

昼間晴れていた空には、どんどん黒雲がかかってきていた。

バーンは、つらそうに扇形に広がった階段に腰を下ろしていた。

ヒザを曲げ、その上にヒジを置き、両手を額の所に組んで当てている。

浅い呼吸しかできなかった。

礼拝堂に近づけば近づくほど、彼の様子はおかしくなっていった。

バーンは、あのとき碓氷神父と言葉を交わしたとき感じたことを思い出していた。

(なぜ俺は、あんな事を言ったんだ?

ここに近づいただけで、こんなにも『気』が抜けてしまうとは。

『気』が流される。地の精霊の声も聞こえないほどに

何かがこの下にある……

地下の空間に……この地のレイラインの入り口のようなものが…きっと。)

「ダメや。扉は中からバッチリ鍵が掛かっとるし。」

臣人の声に、バーンはハッと顔を上げた。

「……」

臣人は息を少し弾ませながら小走りに戻ってきた。

「今、ひとまわりしてきたんやけど、窓もあかへん。どないする?」

そう言いながらバーンの横に立った。

「臣人、」

座ったままで、彼を見上げた。

『全部まで言わなくていい』とでも言うように臣人は続けた。

「ああ、わかっとる。誰かがこの下で何かやってる。この『気』の高まりは異常や。」

「2つ……の『気』を感じる」

「そや、2つや。」

臣人もバーンと同じように『気』を探った。

「1つは碓氷さんの『気』。もう1つは、時間がたつにつれて膨らんでる。」

「どんどん力をつけていっとるって感じやな。」

「俺と…同質の『気』…だ。」

バーンは確信に満ちた眼で臣人を見た。

「やっぱ、わいの勘が当たりか。」

臣人の雰囲気が変わった。

丸いサングラスが鈍く光った。

本業モードに入っている。

「怨霊、悪霊なんてかわいいもんやない。悪魔やで。」

臣人は腕まくりをした。

袖口から見えていた細い手首からは及びもしない、鍛えられた腕が見えた。

バーンもふらつきながら立ち上がった。

「また校長に怒られるさかい、覚悟しいや。」

ゆっくりと息を吸い、吸った時間の倍をかけてはき出す。

何回かこれを繰り返した。

「さて、派手にぶち破るで!」

臣人は勢いよく扉に向かって蹴りを繰り出した。

「破!!」

入口の扉がはじかれるように開いた。

「OK 開いたで。さて、どうやって地下への入口を探すつもりや?」

「碓氷さんの『気』を、追う。」

真っ暗な礼拝堂の中へと二人は突き進んだ。

空からは彼らの後を追うようにざーっと雨が降り出し始めた。



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