第6話 門(1)

1週間後。お決まりの金曜日。三月兎研究会の活動日がまたやってきた。

いつものメンバー、いつものお茶会。

先週と変わらぬ活動風景のようだが、ひとつだけ気になることがあった。

「今週の紅茶は、ディクサムCTCやで。ミルクティーにおすすめの一品や。」

「……」

準備室の真ん中にある丸テーブルの上に並べられたカップに紅茶を注ごうとしていた手を臣人は止めた。

「?」

バーンの様子がおかしい事に気がついた。

窓際にある事務用の椅子に座り、肩肘を机の上にのせ、額を手で押さえたまま身動きできないようだった。

「どうしたんや? バーン、顔色悪いで。」

ティーポットをテーブルに置くと、臣人がバーンの方へと近づいてきた。

いつもあまり表情を表さない彼が、青い顔で、額には汗が光っていた。

「臣人…」

「ん?」

「劔地達を帰してくれ…」

苦しそうにつぶやいた。もちろん、臣人の顔は見なかった。

見られないほどの不調を訴えていた。

彼がこんな事を言うのは、普段では考えられない。

臣人は、またバーンに何かが起こりかけている事を感じた。

それは教師としての仕事ではなく、本業の領分に違いなかった。

「オッド先生。大丈夫ですか?」

綾那が心配そうに椅子から立ち上がると、彼の方へ駆け寄ってきた。

そして、熱でもあるのではないかと思い、バーンの額に手を当てようと右手を差しのべた。

その時。

ビシッ!!

バーンは反射的に綾那の手を振り払っていた。触れられることを拒絶するかのように。

「!」

しかし、そうしてしまってから、バーンは自分のとった行動に驚くと同時に後悔していた。

めずらしく彼の顔にそんな表情がでていた。自分は何をしてしまったのだろうと。

一瞬、そんな顔で綾那と眼を合わせてしまった。

「すまない……」

力のない声で彼は綾那にわびた。

「い、いえ。わたしが悪いんです。ごめんなさいっ。」

綾那は、すぐ、うつむきバーンの方は見なかった。

見ないようにしていた。

バーンと綾那の様子を見て、臣人は昔を思いだしていた。

(ラティに見えたんやろな。

自分がどんなに苦しいときでも何でも、あいつは他の奴らに頼ろうとはせんさかい。

『自分に関われば死ぬ。』その思いが、無意識に出てしもたんやろ。な、そうやろ、バーン?)

その様子を見るに見かねて、美咲は綾那の横に立つとなだめるように肩を抱いた。

「綾?」

「あ、平気よ。私」

「本当ですの?」

臣人は、二人の目の前に立つと親指で扉を指さした。

「聞いての通りや。劔地、本条院。」

「でも」

綾那はバーンが心配だと臣人を見て訴えたが、

「今日は活動休止。また来週な。」

そんなことお構いなしに臣人は続けた。

「『でも』は、なしやいうたやろ。どんなことでも顧問のいうことは素直にきく!!それが条件やったな。」

「…はい」

仕方なく綾那は返事をした。

どんなに意に添わないことでも従うと発足時の約束にあったからだ。

「心配すな。バーンにはわいがついとるで、心配いらん。」

自信ありげに胸を叩くとすかさず美咲がぼそっと言った。

「それが一番心配なのよね。二人で何してるんだか、」

「みっさ!(怒)」

大声で綾那が美咲を怒鳴った。

それを聞いて彼女はちょっと肩をすくめた。

そんなやりとりの途中で、バーンは低い声で綾那を呼んだ。

「劔地…」

「はい?」

まさか声をかけられるとは思わなかったのか、びっくりして綾那が答えた。

「カード…貸してもらえないか?」

右眼を前髪で隠したまま、彼は綾那を見ていた。

「はい。」

綾那はブレザーのポケットに入っていたカードをバーンの手に渡した。

カードを持つ指が、バーンの手のひらに触れた。

その手は、熱でもあるかのようにとても熱い気がした。

綾那はバーンの顔をのぞき込もうとするが、彼の持つ雰囲気に負けてできなかった。

「ありがとう。」

バーンは右手でタロットカードを握りしめた。

「さあ、帰った、帰った!」

威勢よく臣人が二人を調理準備室から追い出しを始めた。

二人は鞄を持つと廊下に出た。

(オッド先生…)

綾那は後ろ髪を引かれながらその場をあとにした。

その二人の姿を確認した上で扉を閉め、鍵をかけると臣人はバーンの所へ戻ってきた。

「何が、どうなってるんや?」

臣人は、丸テーブルのそばにあった椅子を引きずってバーンの横に座った。

ちょっと間をおいて、力の無い声で彼は答えた。

「わからない」

バーンはようやく前髪を手でかき上げ、視線を天井に向けると、一度、眼を閉じた。

「朝からずっとこう…なんだ。」

そう言いながら、再びまぶたを開け、外の景色を見た。

「体が灼かれるように熱い。それと、」

「うん!?」

「俺と同じ力を持つものの気配がする。しかも、とてつもなく大きな…」

「おまえと同じって。そうそういるもんやないで。」

臣人は驚いて声を大きくした。

「もしかしたら、だけど」

バーンは何か感じる所があるのだろう。

臣人は黙りこくって、バーンをじっと見つめていた。

「……」

バーンは右眼のカラーコンタクトをはずした。

右眼はいつにもまして金色(こんじき)に輝きを放っていた。

バーンはタロットカードをじっと見つめると、精神を集中し、シャッフルを始めた。

「お前が、カード持つんは、ヨーロッパにいたとき以来やないか?」

急に臣人がバーンに声をかけた。

言葉を発することなく、彼は臣人の顔を見返した。

「何か、懐かしいな思うて。」

(ベストな状態で的中率120%のな。自分のことは占えんさかい、宝の持ち腐れやけど。)

バーンはちょっと眉を動かすと、それ以上は臣人の言ったことに関心は示さなかった。

そして、次々とテーブルの上にタロットカードが裏を上にして並べられていった。

並べ終わると一息ついて、カードを開き始めた。

臣人も開けられていくカードをのぞき込んだ。

「ケルト十字か。なになに、現在の状況が“力”のリバース、近い未来が“悪魔”のリバース、で最終予想が、“塔”のリバース!?」

「…最悪だ。」

「どう最悪なんや?」

「何かの均衡が、崩れる。」

指をテーブルでトントンとたたきながら、さらに顔色が悪くなったように見えた。

バーンは、カードを読んでいく。

心の中に浮かんでくるイメージを言葉にしていった。

「障害もしくは救助となるもの“法王”のカード、信心深いもの、宗教に関係するもの?“節制”のカードが出ている、二つのものの融合。近い未来・・・このことに関わっているのは呪縛されているもの。最終予想はタロットカードで正位置でも逆位置でも最悪の“塔”。猶予のない緊迫状態……」

「なんのことや?何が崩れるのや?」

臣人がバーンの見解を求めた。

「わからない。が、この“法王”のカードは碓氷さんを表している気がする。碓氷さんが関わっていることが…今回の出来事の中心か!?」

「仮にそうだと仮定して、おまえのその異変との関係が見えへんな。」

腕組みをしながら、不思議がっていた。

「たぶんその関係は、これ、“悪魔”のリバース。呪縛されているもの。」

「今まで調伏したものとちゃうか?あるいはこの土地に関係する霊とか」

「いや、」

バーンは確信に近いように首を横に振った。

「!?まさか本当に悪魔だったりしてな。」

臣人の安直さに少々うんざりしながらも、バーンはさらに意識を集中するために眼を閉じた。

両手をカードの上にかざしながら、今度は霊視に切り替えた。

バーンには引っかかっていることがあった。

碓氷と礼拝堂で会話をした時のあの感じ。

あれは、自分の口をついて出たあの言葉は何を意味していたのか?ということ。

「その~なんだ、あー、碓氷はんって神父はんやろ。神父はんが今いる場所に行って確かめるのが一番の近道とちゃうか。どや?その辺は見えへんか?」

「赤い法衣をまとった碓氷さんがいる。祭壇。大きな十字架。クリスタルの瓶に入った水。石畳が…見える。石?石の板?壁?かなり大きい。円。窓のない部屋、暗い……扉?」

バーンはため息をつきながら、眼を開けた。

手が小刻みに震えていた。

「大丈夫か?」

「だめだ。」

バーンは小さくつぶやいた。

「見えない。何かに邪魔されている。」

「霊視もできん位にか!?」

臣人はちょっと驚いた。今までにないバーンの異変。

こんなことは初めてだった。

「いつもなら、もっとはっきりと正確に見えるのに。」

臣人は、バーンの不安を消そうとするかのように、笑いながら明るく言った。

「どうってことあらへん。さて、どないしたらええ?おまえをそんなんにしたヤツの顔を今から見に行くとするか。どんなヤツが出てくるか、楽しみやな。」

臣人が自信満々に親指を立てている。

「あんまり油断するなよ。今回、俺はただの人なんだから。」

逆に違う意味で心配そうに、バーンは臣人を見ていた。

「とりあえずは、神父はんがいつも居る礼拝堂にでもいってみよか。」

「…ああ。」

バーンは、力無くイスから立ち上がると戸口に向かった。

後を追うように臣人も立ち上がり、バーンに肩を貸しながら歩き始めた。



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