第4話 タロット
待ちに待った金曜日がやってきた。
『三月兎研究会』が発足して始めての金曜日である。
綾那は、ついこの間の週末に買った真新しいタロットカードを持って、調理室へとやって来た。
なんだか無性にドキドキしている。
何かが始まる!
そんな予感がしていた。
調理準備室の扉に手をかけて、開けてみる。
「臣人先生」
「おー、来たか。本条院の姿が見えんな。どうした?」
割烹着姿の臣人がテーブルのそばのイスに座って、綾那の方を見ていた。
「係の仕事が残っていて、それを済ませてから来るそうです。」
綾那はすうっと息を吸い込んだ。
準備室のテーブルには、いつものポットとカップがおいてあった。
「いい香りですね」
「そろそろ来よると思うて、ダージリンを準備して待っとったんや」
「さすがは我が研究会顧問!!そうだろうと思って、私もクッキーを焼いてきました。形は不細工ですけど、」
綾那は少し照れくさそうにピンクの紙袋の中からリボンでラッピングされたペーパーナプキンを取り出した。
広げるとマーブル模様の丸いクッキーが15~16枚入っていた。
「なかなかのできだと思うで」
手をあごに持っていきながら、臣人がまじまじとクッキーを見ていった。
綾那は辺りをきょろきょろと見回した。
「オッド先生は、今日はいないんですか?」
「何言うてんねん。そこにおるで。」
臣人は自分の後方を指さした。
バーンは窓側にある事務机のイスに座ったままぼんやりと外を眺めていた。
自分のことが話題になると、イスを半回転ほどさせて綾那の方に向き直った。一瞬、綾那は自分の目を疑った。
「!!」
「驚いたのも無理ない。こいつ、気配を消していたからわからなかったんやろ。」
「はあ…。」
「いつものことや、気にするな」
驚きもせず臣人が説明をした。
綾那はちょっと気味が悪くなった。
しかし、気を取り直して自分もイスに座り、タロットカードを取り出した。
臣人は紅茶をカップに入れ始めた。
ひとつを綾那に、ひとつを自分の前に、最後にひとつをバーンに手渡した。
バーンは臣人から差し出されたカップを受け取ると何も言わずまた窓の方を向いた。
「やっぱり女の子やな。かわいいカードを選んで。」
臣人が紅茶を飲みながら、気を遣って綾那に話しかけた。
「何がいいかわからなかったので、絵柄で気に入ったものを買いました。」
「初心者やさかい、大アルカナだけで十分やで。」
「大アルカナって何ですか?」
綾那が首を傾げた。
臣人はポリポリと頭をかきながら、ちらっとバーンの方を見てから言った。
「タロットカードいうのはフルセットでは78枚のカードになるんや。大アルカナはその78枚のカード中の22枚を指すんや。残り78枚から22枚を引いた56枚のカード、それを小アルカナと呼ぶんや。」
「アル…カナ?」
タロットに種類があるなんて、初めて知ったことだった
「これがトランプの前身や。1から13まで、ハート、ダイヤ、クラブ、スペード+ジョーカー2枚で合計56枚やろ。」
「…えーと。」
綾那は指折り数えて、トランプの枚数を計算した。
臣人の言った数で合っていた。
「もっと詳しくは
「オッド先生もできるんですか?」
不思議そうな顔で綾那がたずねた。
「
臣人はバーンに話を振るが、
「……」
バーンは聞こえていないのか、そういうふりをしているのか何も答えなかった。臣人もそれ以上のことは話さなかった。
「でや、大アルカナ22枚のカードはそれぞれに、それぞれに意味をもっとる。しかも、象徴的にな。1枚のカードをとっても、正位置か逆位置かでも意味が違うで。」
「正位置?逆位置?」
綾那は聞き慣れない言葉に聞き返した。
「正位置は、ほれ見てみ。」
臣人はカードを2枚取り出して、綾那に見せた。
「この絵柄が占う本人から見てまともな絵の場合は正位置、絵がひっくり返ってる場合は逆位置っていうんや。ええか?」
臣人の指先を食い入るように、真剣に見ていた。
そんな綾那の姿を臣人はかわいいと思っていた。
「占い方やけど、これもひとつやのうて、何種類かある。ケルト十字展開法、聖三角展開法、二者択一展開法、ホロスコープ展開法なんかがな。形はあくまでも形や。一番大切なのは」
「大切なのは?」
綾那は、ずいっと迫って聞き返した。
「インスピレーション。」
臣人は人差し指で天井を指さしながら、得意げに言った。
「カードと素直に向き合うことや。カードの語りかけをどのくらい自分の心で、『
綾那は聞き慣れない言葉の多さに困惑しながらも、真剣に聞いていた。
「臣人先生は、タロットカードで占いするんですか?」
「わいか?」
「はい。」
「どう見える?」
逆に、臣人は綾那に聞き返した。
綾那は、答えに困って考え込んだ。
「えー、しなさそう。なんか、似合わない。」
ちょっとそんな姿を想像しながら、綾那は笑い出した。
「まあ、当たりや。」
そのあとも説明は続いたが、やがてカードを使っての占いになっていった。
その頃には美咲も合流した。
お茶を飲みながら和気あいあい、解説本を片手の占い大会になっていった。
「あ、また同じカード!」
綾那がカードをめくりながら、驚いたように声を上げた。
「どれどれ?これはなんていうカードですの?」
綾那の隣にピッタリ寄り添うように座った、美咲がのぞき込んだ。
綾那は、解説本を開きながらそのカードを探した。
「17番目のカードで、『星』」
「綾、どんな意味ですの?」
「ええと、意味は『希望、誕生、明るい前途、充実感』だって。」
「ふーん。もしかして、守護カードってヤツかしら。」
綾那の作ったクッキーを指でつまんで、口へと運んだ。
「そうかもね。」
解説本を閉じながら、彼女が微笑んだ。
そして、紅茶の入ったカップを持った。
「みっさの守護カードって『女帝』って感じだよね。」
「そんなに、わたくしお高くとまっていますか?」
一見眠そうな、座った目で、綾那を見つめた。
「ううん。そういう意味じゃなくて。このカードに描いてある絵の雰囲気に似てるというか。悪い意味じゃないからね。」
「わかってますわ。」
そう言うと、美咲も紅茶を優雅さを感じさせる身のこなしで一口飲んだ。
「臣人先生は、」
「(いやな予感…)」
ぎくっとした顔で、ふたりのほうは見ないようにしていた。
「『愚者』か『吊された男』がピッタリきそう。」
綾那と美咲は笑い合った。
(そう来るやろうとは思ったんや。ったく。)
臣人は女子高生のパワーに少し押され気味に、それを見守っていた。
「じゃあ、オッド先生はどうです?」
おもしろがって美咲が尋ねた。
少し考えて、綾那が言った。
「『魔術師』かな?」
綾那がつぶやくかつぶやかないうちにバーンは、窓際のイスからすっと立ち上がった。
そして、綾那達を見るとぽつりと言った。
「……カードが泣いている。本当の声を聞いてもらえなくて…。」
「え?」
綾那も美咲もあっけにとられていた。
それだけ言い残すとバーンは静かに準備室から出ていった。
(また。女心の扱いがわかってへんな。バーンよ。)
そう思いながら、臣人は彼の後ろ姿を見送った。
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