第2話
夜が来て、私はリュックに猫を探すための道具を詰めた。少し強力な懐中電灯とボイスレコーダー、またたび、それに捕獲用に洗濯ネット。マキロンを忘れていた。引っ掻かれることはよくある。血が流れる仕事なのだ。
日が落ちてもムッとする空気の中、自転車にまたがる。
一階のカレー屋には色んな国の人たちで賑わっている。私は少しの寂しさを感じながら自転車を漕ぎだした。目的は荻窪。距離のことは考えないようにした。
いかにも体格のいい肉体労働をしていると思われる男が玄関から出てきた。
夜なのにサングラスをかけていた。
私は少し息が切れていた。
「あ、どーも。ペットの捜索に来ました…」
「いーよ、わかってるよ。でどうなの?」
「はい?」
「見つかるの、猫」
「え、そうですね。メールでいただいた情報ですと外に出している餌は朝には減っていると」
「まあ、そうだけどよ」
「もし逃げ出した猫ちゃんが食べに来ているのだとすると、はい、見つかる可能性も十分あ」
「まあ、金払ってんだから、ぜってーみつけろよな」
「あ、それは、もちろん。はい」
「じゃあ、俺はもう寝るから」
「あ、ちょちょ」
私は鞄からボイスレコーダーを出した。
「んだよ」
「あのこのレコーダーにいつも猫ちゃんを呼んでいる感じで録音を」
「なんでそんなことしなきゃいけねえんだよ」
「猫ちゃんを安心させるためですね。私が呼んでもほら、知らないおっさんが呼んでるーみたいになっちゃうんで、はは」
「ち、貸せよ」
レコーダーを奪うように取ると家の中に入ってしまった。
私はため息をつき、もう一度大きいため息をつき、たばこに火をつけため息をついた。「どこ押せば、」「丸いとこでーす。赤いとこでーす」
夜の住宅街は昼間とは違った顔をしている。
私は近くの公園や小さな町工場の資材置き場などを入念にチェックした。
怪しいところにライトをあて、時に耳をすまし、ライトに向かってきたカナブンにビビり、うんざりしながら今月支払う必要がある伝票を頭の中で一枚一枚数えたりした。迷子になった猫が見つかれば、成功報酬でなんとかなる伝票だった。私は空き地の怪しい土管の周りを探り、レコーダーを再生した。
「プリチーちゅわあああん、かえっておいでー。パパはさみしくていつも泣いてます! もうつけ麺しか喉通らないくらい参ってます。プリチーちゃん、早くかえってきてええええええ」
すぐ近くにあった窓に明かりがともり、妙齢のおばあさんがこちらを不安そうにながめている。「猫をさがしているんですよ」と私は小声で言った。明かりは消えた。私は今日は一度も猫の声を聴いていないことに今さらのように気が付いた。
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