第2話


 夜中までチェロの調整をしていると、起きていたのか貸したパジャマ姿にきりりとした目の和純ちゃんがおさげ髪もそのままに佇んでいた。どうしたのかとチェロを止めると、一言、うるさい、と言われてしまう。僕は苦笑いでこれに応えた。喉の鍵がしゃらんと鳴る。

「それ。何」

 首元を指さされて、ああ、と僕は日常になってしまった非日常を語る。

「歌うことを防止する鍵だよ。シコートでも特異体質でね、僕は、歌った事か本当になってしまうらしいんだ。過去の犯罪者の約八十パーセントがこの体質だったことから危険視されて、封印されてる」

「ナニソレ」

 むっとした顔になった和純ちゃんの様子に、僕はきょとんとしてしまう。

「そんなの取っちゃえばいい。過去との比較でしか見られない奴らなんかほっとけばいい。あんたそれで良いの?」

「良いと思ってるわけないだろ」

 ふっと暗い声が出て、慌てて笑う。

「でも決まりだからね。それは守らないと」

「そんな決まり、なくせるぐらいあんたが良い歌を歌えば良いだけじゃないか。そんなものっ」

 ふっと伸びてきた手に鍵を――

「おっとそれ以上はご法度だよ」

 掴まれる以前に、慣れた声に腕を引っ張られる。

 スーツ姿に首はなく、浮かんでいるのは土星のような頭。

「トライベル師匠。お帰りなさい」

「ただいま、告実。ところでそちらの異世界人のお嬢さんは?」

「スピカリアも知りたいのー!」

 ひょこん、とその肩越しから出て来た手のひらサイズの女の子に、流石に和純ちゃんは驚いたようだった。

「王に暫く預かれって言われた、斎遠和純ちゃんです。和純ちゃん、こちら僕の詩作りの師匠のトライベル・ハスタァさんと」

「お供でお友達のスピカリアなのー!」

「妖精……?」

「って呼ぶ世界の人もいるね。彼女達は天性の歌職人だから、大気を動かしたりモノを動かしたりすることが出来るんだ」

「歌職人?」

「そのまま、歌を作って世に放てる人さ。彼女達以外にはとても少ない。何年もの修行が必要だったりするからね」

「そっちの人は? 首、無いけど」

「トライベル師匠は宇宙人。宇宙が起こった時の音を再現しようと研究してる人。詩、音、楽器、歌、四つの博士号を持つこっちの世界ではエリートって呼ばれる人さ」

「……凄い人なのはなんとなく解った。で、その師匠が何で弟子の鍵空けてあげないの」

「鍵を掛けたのも私だからねえ」

 キッと和純ちゃんが師匠を睨む。

「過去が過去だから? 犯罪者がいたから? ばっかみたい!」

「私も下らないとは思うよ。でもそれがこの国の自衛手段なんだから仕方ない。他の国に行こうにもパスポートすら発券してもらえないからね。もっとも自由にしていられるだけ、この国の律法は人道的だと思うよ。下手をすれば死ぬまで牢に入れる国もある」

「ばっかみたい」

「その『馬鹿みたい』なことを実行しないと他の国民が眠ることも出来ないことを理解してくれると嬉しいな。和純君」

「うるさい。ばっかみたい。馬鹿みたい!」

「それは君も同じ立場だからかな?」

「っ!?」

「おさげの片方は無理やり持ち上げられ切られたものだ。切り口で解る。明日君がすることは、髪を洗って美容院に行くことだね」

「うるさい! うるさいっ」

 彼女は部屋を出て客間に立てこもったようだった。

「……師匠。いつも言ってるじゃないてすか。真実を暴くことが心の扉を開く事にはならないって」

「やりすぎてしまったようだね。まあ、明日の朝にでも謝ろう」

 だけど次の朝、彼女は起きて来なかった。

 無礼を承知で中を覗く。

 部屋は空っぽだった。

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