詩職人見習いは歌う少女と出会う
ぜろ
第1話
どさっと音がして僕は表に出る。何か結構重い物を落とされた気配があったからだ。世界を巡る生物――『翁』は、名前の通り老人の顔をして長い身体を持つ龍だ。気まぐれに色んな世界から色んな楽器を持って来るのだけれど。
「え」
流石に人間の女の子を連れて来たのは、この十数年初めてだったと思う。
「い、った……」
僕と彼女はそうして出会った。
急いで王宮に早馬を走らせ、僕は彼女に近付いた。大丈夫なのか純粋に気になったからだ。『翁』はあれで大雑把だから、どの高さから落とされたのかも気になって。
少女は髪をおさげにしていたけれど、不思議に左のおさげが無く短くされていた。片方はきっちりと真面目さんみたいになっているから、余計にそれが目立つ。自分で切ったのか誰かに切られたのかは解らないけれど、僕が近付く気配にキッと僕を睨んで見せるぐらいには元気みたいだった。それは、良い事だ。そう思う。にこ、と笑うと喉元の鍵――南京錠が音を鳴らした。それに彼女は訝しげな顔をするけれど、僕が近付くと同じだけ距離を取った。警戒されてるのかな。あの、と声を掛けると、びくっと身体を震わされた。そんなに悪人面はしてないと思うんだけど、と、パンスネを上げる。えーと。こういう時は何て言えば良いんだろう。
「大丈夫?」
「はぁ?」
綺麗なソプラノの声が、素っ頓狂に上げられる。ちょっと勿体ないな、なんて思いながら僕は上を指さした。
「落ちて来たんでしょう? どこか痛めていないかな、って」
「別にない……」
「なら良かった。えーと、何か聞きたい事ってある?」
「ここどこ」
まあ当然の質問だよね、っと僕は彼女の軍服みたいなブレザーを見下ろし、手を伸ばす。だけどその手は取られず、彼女は一人で立ち上がった。意外と頑丈なようで良かった、笑うとまた鍵が鳴る。しゃらら。
「多分君は異世界の人だね。ここはシコートって言う国で、音を万物の基盤にしているんだ。そして多分君を連れてきたのは『翁』――これは異世界を行き来できる、現在観測されている唯一の生き物。笑うお爺さんの仮面を見なかった?」
「見た……」
「それが『翁』。っと」
早馬が戻ってくると、そこにはそりと騎手が手紙を丸めて持っていた。
曰く、最速で城へ。
異世界の楽器が来ることはあっても人が来るのは珍しいから、王様もわくわくしているんだろう。踊る文字にくすっと笑う。しゃらんっと鍵が鳴る。訝し気にしている彼女に、王様が君に会いたいんだって、と伝えると、また素っ頓狂な声が出た。歌ったら綺麗だろうに、勿体ないなあ。思いながら、僕は彼女をそりに案内する。
「あんたは来ないの?」
「呼ばれてないしね。それに僕が行くと、騒ぎになる」
「……私は斎遠和純。あんたは?」
「永隙告実」
「ヅグミ。覚えておく」
そうして彼女は城へ向かって行った。
まあもう会う事も無いだろうなあ。
『僕』だし。
長めの三つ編みの髪を後ろに払って、僕は工房へ戻った。
案外早い再会を知らずに。
「追い出された」
彼女が着の身着のままで帰ってきたのは一時間ほど後だった。
「王様あれで気の良い人なのに何でまた」
「何訊かれても黙秘で通したら、あんたのところに帰って暫くこの世界を学べって」
押し付けられた。くらっとすると和純ちゃんは別に、と実にどうでも良さそうに呟く。
「その辺で野宿しても良いんだけど。この国何かあったかいし」
「そこまで鬼畜じゃないし、あったかいのも音のお陰なんだけど、まあそれは置いておいて――どのぐらいいるつもりかは決めてる? 和純ちゃん」
「取り敢えずあの好奇心旺盛な王様が私に対する興味を失うまで」
「長っ! あの人あれで粘着質だから絶対に忘れないよ!」
「忘れるまで」
「僕は良いけれどさあ……和純ちゃんはいいわけ? さっき会ったばかりの異性だよ? 僕。しかもほぼ一人暮らしの」
「そう言える奴なら大丈夫だと思う」
無表情に言って和純ちゃんは、僕の工房の方に向かう。
「あ、待ってそっちは」
「え?」
ドアを開けると、そこからはでたらめな音が飛び出してきて、流石の和純ちゃんも驚いて肩をびくっと言わせた。
彼女には読めないだろう、この国の文字で工房には看板が掛けてある。
『音工房 開けっ放し厳禁』と。
僕は彼女の後ろからドアを閉めようと近付く。
と。
小動物の速さで振り向かれ睨みつけられた。
きょとんとする、彼女は自分でドアを閉じ、僕を見上げた。男として背の高い方でない僕と同じ程度の身長の彼女とは、割とモロに目が合う。
「何。あれ」
「僕の仕事だよ。壊れた楽器を直したり、新調したり。シコートの楽器はみんな自我を持っているからね。君の世界はそうじゃないから、驚いちゃった?」
「驚いた」
「家は隣だよ。暫くは客間を使って。食べ物とかも好きに食べて良いけど、説明する事ってある?」
「ある」
「何?」
「お風呂とトイレの使い方」
……。
確かにそれは大事なことだな、と僕は納得してしまった。
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