第3話


「青空みたいに晴れやかな子に育ってほしいと思ったの」


 いつだったか、お母さんはそう言った。自分の名前の由来を聞いて来る、みたいな宿題だったかな。

 で、あたしこと椎名そらちゃんは素直に空を目指していたらいつの間にか突き抜けて宇宙みたいな空っぽの女の子になっちゃった。星空を見て綺麗だと思うのは常識人の感性であって、命のいの字もない場所にあたしはロマンを感じない。天体観測ってなにが楽しいんだろうね。あんなんただの荒野じゃん。


 てなわけで、あたしの名前はそら、から。駄洒落かっつうね。




     *




 朝がきて財布を覗く。

 うん。まぁ残りの十万だけつきあったげるよ。


 それからはヒメちゃんが行きたい所に行って、知りたい「現実」とやらについて話した。はじめに動物園っつったのは驚いたね。ここに来て小学生かよ。

 ヒメちゃんは相変わらずの鉄面皮でガラスの向こうにいるリスを眺めてる。ふくふくした両手をガラスにぺったり付けてる様子はアンドロイドさんにゃ見えないけどな。からかうのもメンドイな。


 それにしてもリスってあれでしょ、自分で埋めたドングリの場所が分からなくなるってやつでしょ。


いな。その特性を持つのはエゾリスと呼ばれる種だ。あれはシマリスだ」

「ちがうの」

「一部分が異なる。シマリスは営巣し食料を貯蓄した上で冬眠し冬を越す。対してエゾリスは温暖な期間内に食料を埋める」

「で、忘れる」

「間違ってはいない。しかし、生息地一帯の種が同じ行動をしていることを考慮する必要がある」

「社会福祉みたいなもんか……」


 納得。自分が埋めた場所を忘れてもどこかしら掘れば出てくるって寸法だね。うまいこと出来てんな。


「厳しい時期に集めて蓄えるヤツより、探して掘り出すヤツの方が生き延びる可能性が高いってのがさ、なんとも皮肉だね」


 ヒメちゃんはくりんと首を回してこちらを向き、


「それだ。それこそが現実と呼ばれる感覚だ。我は知的生命体のそういった知見を所望している」


 まったく可愛げないな。顔はふつうなんだから、ふつうにしとけばふつうにかわいいはずなんだけどな。


「そういう時はね、ちょっとは嬉しそうにするもんだよ。現実を知りたいなら処世術ってやつも覚えときなー」

「処世術」

「人間関係の中で生きていくための技だよ。ヒメちゃんは小さいんだから、媚び売れる時は売っときゃいいの。これも現実かな」

「成程」


 にんまりほほ笑んで。


「こうか」


 うん。

 ふつう……、ってか、うん。

 超かわいいんだけど。

 えなにこれ。

 え。




    *




「真実はそこかしこに存在する。しかし矮小宇宙の存在はそれらを知覚することはできない」

「豚に真珠?」

「否。それが真珠であることすら理解できない。そもそも真実とは真珠のように価値あると見做されるものではない。対し事実と現実は真実の代用品と捉えるのが妥当だ」


 流石に何言ってっか分かんない。

 ヒメちゃんはあたしの頭を評価してるらしいけど、この自称アンドロイドっ子に比べれば馬鹿だよな。べつに悔しくもないけどさ。


「真実には飽いた。我は現実に飢えている」

「同じじゃないの」

「一切が異なる。真実は唯一無二だ。しかし現実は知的生命体の進化上で自然発達したミームを通している。我が興味を持てる事象は最早現実しか存在し得ない」

「……やっぱ、違いが分かんないんだけど」

「繰り返すが現実は真実の代替品だ。宇宙環境に拘束された生命体は真実を知り得ない。しかし種の遺伝子的利益を追求するために進化したミームで現実を創造し、その欠落を埋めている」

「……ムリ。もう同じでいーじゃんそれ」

「真実を知り得ないモノにとってはそうだろう。それも現実の一つだ」


 左様でございますか。




     *




「つまり、現実を知るために地球にやってきたってこと?」

「否。第一の目的は異なる」


 チョコソースを頬につけたまま喋るヒメちゃん。君が幸福を覚える食事を摂取したいと主張するから適当なクレープ屋に入って買ったんだけど。

 うーん、あたしってこういう趣味あったっけな。残り五万を切って自暴自棄にでもなってんのかもね。


「捜索だ」

「そうさく」


 探し物のほうか。


「当宇宙で我の最も重要な部品が奪われた。この惑星に最重要個体が存在する事実までは判明している。奪取せねばならない」

「取り返したらどうするの」

「次の外宇宙へ出立する」

「外宇宙?」

「この惑星を中心にした、宇宙の発生と光の到達可能範囲から計算される球体空間の内部を指して内宇宙と呼称する。外宇宙はその外に当たる」

「宇宙って何個もあんの?」

「応。しかし唯一だが分裂している。物理的には繋がっているが膨張し続ける空間に拡張された光が到達し得ない環境にあれば双方向で情報のやりとりは不可能なため事実上の別宇宙となる」

「……あのさ、もうちょっと分かりやすい言葉で話してくんない? 今更だけど、お姉ちゃん半分も理解できないんだわ」

「君に理解可能な言語……」


 ヒメちゃんは小さなお口でクレープをかじり、きちんと三十回もぐもぐごっくんしたのちに、


「おばけっているでしょ」


 超幼くなりやがった。

 なんだなんだ馬鹿にされてんのか。


「それで?」

「でも、みえない」

「うん」

「みえないなら、いないのとおんなじ」


 んーまぁ。なるほど。分かりやすいっちゃやすいわ。

 と腑に落としつつ、その日もあちこち回って小難しい話をしたり美味しいもの食べたりしてから家に帰り布団にもぐった数分後、



 ちょっと待て。

 お化けっていんの?



 なんか怖くなったからヒメちゃんを布団に呼んで一緒に寝た。


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