第1話 踊り出す冷蔵庫

「犯罪者」とは一体何者なのだろうか。犯罪を犯したから犯罪者というのは分かるが、それは犯罪=悪の固定概念に違いない。例えば俺が殺人鬼だとして、人を殺すのはそんなに悪い事なのだろうか。


ある殺人鬼は言った……どうせ人はいつか死ぬと。だから殺人をしてもいいと言いたい訳だろうが、それは違う。あくまでいつか人は死ぬからというのは表向きの理由で、人を殺した99%の人はそんな下らない考えで人を殺したわけではない。実際は人を殺す事に興味を持ち、殺す事に快感を覚えるというのが本当の理由だろう。だがな、俺は違う。あれは仕方がなかったんだ。


俺はこの鉄で出来た狭い箱の中でこんな事を考えながらもう2年以上経った。本来なら法律で半年で死刑になるが、実際にはかなり時間がかかるようだ。


ここにいる間は外の情報源が週に何回か観れるテレビぐらいしかないので、最近の事は分かっているようで分かっていない。忘れることは出来ない、あの事件はどうなったのだろうか。


なんて考えていた矢先、突然鉄格子を叩く音が聞こえてきた。何事だろうと思い、ふと前を見てみると俺の親友が監獄の外から覗くように見つめていた。


「なんで……お前が……? 」何年か振りの再会に驚愕すると同時に俺の頬に一本の涙が垂れてくる。だが、あまりにも唐突すぎる出来事には俺をも困惑させた。


「助けに来たんだけど」俺は涙で前が見えなかったが、こいつが笑ってる顔が目に浮かんだ。


彼はそう言うと、鍵をポケットから取り出し、慣れた手つきで扉を開けた。しかし、余りにも現実離れしすぎている。いや、本当に現実なのか……?


俺は親友が持ってきてくれた服を着つつ、あの秘密の事を考えていた。そう、こいつの妻を殺したのは俺なのだ。

勿論ニュースになり、コイツとも大げんかして絶縁された身だ。裁判でも、遺族と共に重い刑にすることを望まれた位であった。


裁判の後は面会にも来てくれなくなったし、本当は復讐したいんじゃないかなんて考えもした。だが、そんな心配は要らなかったんだ。

そう思うと唐突に現実感という塊が俺の体を突き抜けていくように感じた。


だが、この監獄から抜け出した後はあっという間だった。何故か看守は一人も居なかったし、警備だって薄かった。

しかし、居ないとわかっていても足音がよく響く刑務所内を歩くのは怖く感じる。


「そういやなんで看守が居ないんだ? 」この刑務所を歩きながら恐る恐る隆光に尋ねる。


隆光は昔からの友人で、刑務所に入る前からバカやってた仲だ。


「それは組織に任せたわ」


組織? なんだそれは。


「実はな翼、お前をここから出したのはこの組織に勧誘する為だ」お前も入るよなと言うような目でこちらを見ながらヴェルダリンと書いている紙をちらつかせている。


「それは分かったけど、そのヴェルダリンってのは何をやってんだ? 」俺は監獄内の囚人仲間に手を振りながら尋ねた。視線を逸らしたのは隆光に余裕を見せたかった事と目を合わせづらかった事の両方だろうけどそれは俺にも分からない。


隆光は犯罪さ、と耳の側で囁く。驚かせようと囁いたのか、囚人に反応させないように囁いたのかは分からないが、少なくとも俺の驚いた反応を見て喜んでいるようだった。


しかし、そんな事をしていても軽々しく入り組んだ廊下を抜ける隆光がこの刑務所内では英雄的なものに見えてくる。その後はお互いに無言になってしまい、足音がこだまする刑務所の中は静かな場所を彩るか音になるか、恐怖をそそる音か、今となっては分からなかった。


その足音は俺を現実に突き返す物となり、脱獄しているという感覚が背中に重くのしかかる。しかし、俺がおかしいのだろうか。この看守のいない、人口が減って寂れた古い商店街のような刑務所が何故か懐かしく感じてしまうのだ。ここに勤めていた辛い日々ですら、思い出と化して鮮明に蘇ってくる。もう外の光が見え、出口が近いのにも関わらず、少しだけ感謝を示して門に一礼をしてからここを出ることにした。


刑務所のすぐそばに停めてあった車から衣服やらを取り出して着替えを済ませる。もうこれで自由だ! 嬉しさという液体がまるで心臓から排出される血液のように身体中を巡るのを感じた。


いいだろう! ヴェルダリンって組織入ってやるよ!俺は隆光にそう告げた。







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