第八話(エピローグ)

「またあんたかとはまたえらい言い草ですな」

 ダベンポートはスレイフ老人に言った。

「それはこちらのセリフですよ」

 いくら地下が暖かいと言ってもスレイフ老人は薄着だった。肌には薄いシャツしか羽織っていない。

「スレイフさん、あなたいつからここにいるんです?」

「この前、あんたが儂の書店を破壊してからだよ」

 スレイフ老人はダベンポートに答えて行った。

「まったく、酷い目に遭った。魔法は使えなくなるわ、店はなくなるわ、全財産は没収されるわ散々だ」

「あんた、それだけの事してるじゃないですか」

 油断なく腰のホルスターに右手をかけたまま、ダベンポートはスレイフ老人に言った。

「あら? ダベンポート様?」

 その時、スレイフ老人の背後からウェンディの声が聞こえた。

 いつのまに手に入れたのか、手には松明を掲げている。

「なんだ、挟撃か。まったく堪らんな」

 縮こまる周囲の浮浪者達の真ん中に立ってスレイフ老人は言った。

「お前達、何も怖がることはない。儂らは何も悪いことはしていない。ただここにいるだけじゃ」

 それにしても浮浪者達はみな薄着だった。

 この季節、コートやセーターがないと普通は過ごせない。北部に位置する王国は寒い。攻撃側のダベンポートたちにしても分厚いコートに身を固めている。

「……ふふふ、不思議かね?」

 スレイフ老人は楽しそうに笑った。

「これはな、あんたのおかげじゃよ」

「僕の、おかげ?」

「ああ。あんた、儂に魔力吸収マナ・ドレインの魔法陣を刻印したじゃろう? あれは実際、悪くなかった」

「どういう事だ?」

 ダベンポートはスレイフ老人に訊ねた。

「あんた、魔力吸収マナ・ドレインの作動メカニズムを十分に理解していなかったようだな」

 スレイフ老人は杖にもたれるとダベンポートに言った。

「確かに、あの魔法陣は周囲のマナを遮断する。だが、それだけではないのじゃ」

 スレイフ老人は杖を持ったまま両手を広げた。

魔力吸収マナ・ドレインが特定領域に流れ込むマナを遮断するのは良い。だが、その領域に残ったマナはどうなるのかね?」

「どうなるんです?」

 訳が判らず、思わずダベンポートはスレイフ老人に訊ね返した。

「熱に変換されるんじゃよ。マナはある意味エネルギーじゃ。これを魔力から熱エネルギーに変換する。それが魔力吸収マナ・ドレインの本質なんだ」

 両側から騎士団に挟まれながらもスレイフ老人の表情は平静だった。

「おかげさまでこの通り、儂らは薄着でも平気になった」

「あんた、まさか魔力吸収マナ・ドレインの魔法陣を配って歩いているのか?」

 驚いてダベンポートはスレイフ老人に訊ねた。

「だからあちらこちらでマナが枯渇しているのか?」

「流石に無料という訳にはいかん。それなりのお金は頂いているよ」

 スレイフ老人は笑顔を見せた。

「だが、彼らは無知だ。だからこうして集まっているんだよ」

「だから地下墓所クリプトなのね」

 ウェンディが驚愕の表情を浮かべながらスレイフ老人に言う。

 マナは死体から大量に発生すると言う説がある。ならば、地下墓所クリプトはマナの宝庫だ。

「その通り」

 スレイフ老人は再び笑みを浮かべた。

「おい」

 ダベンポートは背後のヒューに声をかけた。

「誰でもいい。剥いでみろ」

「はい」

 ヒューは近くに無気力に座っている浮浪者を引きずり上げると胸元のシャツを引きちぎった。

 裸れた左胸には魔力吸収マナ・ドレインの魔法陣が刻印されている。

「なんてことを……」

「しかし、警官隊が地下墓所クリプトを襲撃し始めた時はさすがに参ったよ。逃げ回ってこのザマだ」

 スレイフ老人は再び笑った。

「さて、どうするのかね、魔法院の諸君。我々を逮捕するのかね? しかし、それでは何も変わらんと思うぞ」

…………


 一ヶ月の後。

 グラムの部隊はセントラルの市中から魔力吸収マナ・ドレインの刻印が施された浮浪者等を一掃していていた。

 捕まえた浮浪者はマナをさして必要としない街外れの監獄に収容した。周囲の『ダーク・ゾーン』は大きくなったが、街への影響はほとんどない。

 この一ヶ月の間、ダベンポートとウェンディ、それにグラムは彼らをどこに収容するかに頭を悩ませていた。

「やっぱり、島じゃないですか?」

 ウェンディが具申する。

「まあ、そうなるわなあ」

 ダベンポートはウェンディに同意した。

「知り合いに漁師がいる。彼にいい島を見繕ってもらおう」


 ジェームズが選んだのはセントラルから十海里リーグ先にある孤島だった。

 そこは昔、漁の拠点になっていたが今は打ち棄てられていると言う。

「あの島なら死にはしないし、一応最低限の生活資源も残っているはずですよ」

 マリー・アントワネット号の艦橋でジェームズはダベンポートに言った。

 ジェームズの船の背後には王国の護送船がついて来ている。

「いいね。ではそこに連中を棄ててしまおう」

 艦橋でダベンポートはジェームズに言った。

「でも、棄ててしまおうってその後どうするのです?」

 ジェームズが淹れてくれた紅茶を優雅に飲みながらウェンディがダベンポートに訊ねる。

「知らんよ」

 ダベンポートは冷たく言った。

「死ぬも良し、生きるも良し。好きにしてくれればいい。連中が王国に戻ってこなければ正直僕はなんでもかまわない」

「まあ、あそこから脱出出来る可能性は限りなくゼロですよ」

 ジェームズはダベンポートの言葉を継いだ。

「あの辺りは潮流が速い。万が一船を作って逃げ出したとしても、沿岸にたどり着く可能性はほぼありません」

「誠に結構」

 ダベンポートも紅茶を啜りながらジェームズに言った。

「よし。先を急ごう。連中を棄てたら任務終了だ。ウェンディ、報告書はうまく書いてくれよ? さすがに七十人もの浮浪者を孤島に遺棄したとは書けない。うまく誤魔化しておいてくれ」


──魔法で人は殺せない19:魔力消失事件 完──

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【第四巻:事前公開中】魔法で人は殺せない19 蒲生 竜哉 @tatsuya_gamo

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