第七話
昨夜のうちに大体の作戦は立て終わっていた。
『ダーク・ゾーン』は今、港湾部近くの朽ちた教会のそばにある。この場所に繋がる
突入時間は昼の十二時。早朝や深夜の襲撃をダベンポートは提案したが、それはグラムが却下した。万が一のことがあっては堪らないと言う。
(万が一ってなんだよ?)
そんなグラムを密かにダベンポートは嗤ったが、流石にそれを表に出さないだけの良識は持ち合わせていた。友人を怒らせても良い事は何もない。
ヨーナス達は警察に残してきた。測量隊は荒事には向いていない。彼らは学者だ。下手に連れてきたらかえって足手まといになる。
「さて、そろそろ時間だな」
ベストのポケットから出した時計を見ながら、ダベンポートは隣のヒューに言った。ダベンポートはヒューの部隊、ウェンディがグラムの部隊と同行するのが今回の編成だ。グラムはウェンディとヒューを組ませることを主張したのだが、それは戦力的に差が出そうだったのでダベンポートが却下した。
ダベンポートは久しぶりに拳銃のホルスターを腰に下げていた。朝それに気づいたリリィがまた不安そうにしたのだが、まあ仕方がない。こればかりはどうしようもない。
弾薬はマナを必要としない通常弾をポケットにたんまり入れてきた。これだけあれば大概の事には対処できるだろう。
「はい」
少し緊張した面持ちでヒューが教会横の鉄の扉を開ける。中から吹いてくる風は微かにカビ臭く、そして生温かった。
「しかし、地下の方が暖かいというのは本当なんだな」
背後に控えた騎士達に言う。
ヒューを含めて合計八人。騎士一個小隊だ。
戦場では騎士一人が一般兵四人に相当すると言われている。反対側では今頃ウェンディが同じだけの騎士達と
「
緊張した面持ちの騎士団を連れて、ダベンポートは螺旋状の暗い階段を降り始めた。
…………
「さあ、行きますわよ」
ウェンディは背後のグラムに声をかけた。
「あ、ああ。よし、前進」
反対側でも突入が始まっていた。
こちら側は真っ直ぐな階段だ。中は暗く、奥の様子は見通せない。
「ランプを点火しろ」
グラムは部下に命令した。
「グラムさん、ドアはちゃんと閉めてくださいね。逃げられると厄介ですから」
部下が階段を降りるのを見届けるグラムにウェンディが声をかける。
「判ってる。しかし、嫌な空気だ」
「そうですか? 暖かくていい気持ち」
カビ臭い匂いもウェンディには気にならないらしい。
「ウェンディ、君は何も感じないのか?」
さすがに面食らって思わずグラムはウェンディに訊ねた。
「何がですか?」
「この雰囲気だよ。俺にはどうにも気味が悪い」
「私は魔法院の捜査官ですもの。そんな事はずいぶん昔に忘れました」
「ダベンポートと一緒か」
「いえ……」
ウェンディは階段を降りながら少し考えた。
「あの方は違います。あの方は忘れるも何も、最初から何も感じていないと思いますわ。たぶんそういう心は元々持ち合わせていないんです」
「グラムさん、壁面に
「ああ。……おい?」
背後の部下達に声をかける。八人の騎士達は各々身近な壁面の油受けに灯油を注ぎ入れるとマッチで
すぐに周囲が明るくなる。
同時に壁面に並ぶ石棺が明かりに浮かび上がった。
「やっぱり気持ちのいい場所じゃないな。浮浪者は何を思ってこんなところに集っているんだ?」
「そりゃ、暖かいからでしょ」
ウェンディは涼しく言うとグラムの先に立って回廊を歩き始めた。
…………
「おい」
小声でダベンポートは前を歩くヒューに声をかけた。
「なんですか、ダベンポートさん」
「人の話し声がしないか?」
「…………」
言われてヒューが耳を澄ませる。
「言われてみれば、確かに」
遠くの方から小さな話し声が聞こえる。
「……れ、霊ですか?」
ヒューが怯えた顔をする。
「馬鹿な。こんな昼間っからおしゃべりする幽霊がいてたまるか」
ダベンポートは笑い飛ばすと背後の騎士達に声をかけた。
「諸君、抜刀。この先に誰かがいる。脅威を感じたら気にせず攻撃しろ。言っておくがここに霊はいない。斬れば殺せる。安心したまえ」
ピチョン、ピチョン……
薄暗い通路の中、どこかで水が滴る音がする。この辺りは港湾に近いから湿度が高いのだろう。元々遺体を保存するのに最適だから作られた
ダベンポートを含めた九人は靴音を立てないように注意しながらゆっくりと暗い通路を進んでいった。途中、壁面の
と、ふいに目の前が明るくなってきた。
誰かが火を焚いている。
「警戒」
ヒューが部下達に命令する。
肉が焼ける匂い、蝋の弾ける音。
それは、屍蝋を燃やす浮浪者達の姿だった。
「……うわ」
思わず誰かが小さく悲鳴を漏らす。
気配に気づいたのだろう。薄着の浮浪者達が一斉にこちらを向く。
一人ではない。二十人、いや、三十人以上いるかも知れない。
「うわ、騎士団だ!」
浮浪者達は一斉にうわつくと右往左往し始めた。
「落ち着きなさい。わしらは何も悪いことはしていない」
その中心で杖を持った老人が立ち上がる。
「よっこらせっと」
老人は杖にもたれるようにして姿勢を正すとにやりと笑った。
丸いメガネに黒いスカルキャップ。
「なんだ、またあんたか」
スレイフ老人は目を怒らせるダベンポートに向き合うと不敵に笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます