第六話
その日、ダベンポート達は鳩を使って呼び戻したグラムを交えて夜遅くまで作戦を議論した。
「しかしダベンポートよ、俺は嫌だぜ、アストラル系の連中とやり合うのは。俺達は騎士団だ。そりゃ人間ならいくらでも相手をするが、アストラル系はダメだ。あれはエクソシストの領域だよ」
「バカ言うなよグラム。この世にアストラル系なんてものがあるもんか」
霊的なものを一切信じないダベンポートがしれっとグラムに答えて言う。
「そもそもまだ中に何があるかはよく判らん。だだ、僕の勘ではこれは人だ。誰か、マナを無効化するものを持った奴が
「しかし、
信心深いグラムの表情は暗い。
その時、別の資料を熱心に読んでいたウェンディが顔を上げた。
「……ダベンポート様、これは面白いかも知れなくてよ」
ウェンディは読んでいた分厚い資料をダベンポートに差し出した。
「今、警察が
「ああ、聞いている」
書類を受け取りながらダベンポートは頷いた。
「だが、それとこれとなんの関係があるんだね?」
「ヨーナスさん、ちょっと十六枚目から十八枚目の画像を写してもらえますか?」
ウェンディはヨーナスに指示をした。
「はい」
部屋を明るくしたまま、ヨーナスがウェンディの言った画像を表示する。
その画像は『ダーク・ゾーン』が突然ジャンプする場面だった。
「この地点」
映写機に照らされながら立ち上がったウェンディが壁面を指差す。
「この日に警察が
「はい」
ヨーナスが違う画像を画面に写す。
「この日も同じです。この日、この地点に警察が突入しているんです。警察が突入すると『ダーク・ゾーン』が大きく移動するのが判りますか? きっと、『ダーク・ゾーン』と浮浪者達の動きには関係があるんです」
「ふーん……なるほど、それは面白いな」
ダベンポートはウェンディに言った。
「お手柄だ。これはいい発見だ」
その時、ふいに閃いてダベンポートはグラムに言った。
「ところでな、この前捕まえたスレイフの爺さんはどうなった?」
「知らん」
グラムが首を横に振る。
「確かに連行したが、その後は警察任せだ。俺たちは何も聞いてない」
そうか、
「グラム、これはスレイフの爺さんかも知れん。僕がスレイフの爺さんの背中に
「ああ、覚えている」
グラムは眉を顰めた。
「お前、本当に人の心が足りないよな。あれは見ていて気持ちのいいものじゃなかったぞ」
「僕はあの爺さんがその後収監されて、そこで一生を終えることを想定して刻印を焼き付けたんだ。だが、もしあの爺さんが市中をウロウロしているとするとこの現象に符合する。グラム、念のためにあの爺さんがどうなったか調べてくれないか? あの爺さんが釈放されたのだとしたら、
ダベンポートは景気良く両手をすり合わせた。
「これは面白くなってきた。グラム、これで一気に事件は解決するかも知れん」
…………
もう深夜になってからダベンポートは帰宅した。いつもなら夜のお茶の時間だ。
「ただいま、リリィ。遅くなった」
首を長くして待っていたであろうリリィに玄関から声をかける。
「お疲れ様でした、旦那様。今日は大変だったんですね」
「まあね。いやあ、腹が減った」
労うリリィに制服のコートを渡しながら疲れた顔で笑顔を見せる。
「だが、成果はあったよ。これで事件が解決するかも知れん」
リリィが温めなおしてくれたシチューを一緒に頂いてから、ダベンポートは食卓でゆっくりと寛いでいた。
「美味しかったですね。作ってよかった」
お皿を片付けながらリリィが楽しげに微笑む。
今日のメニューはビーフシチューだった。それも赤ワインだけで煮込んだ本格派だ。牛の骨付きスネ肉はまるでバターのように柔らかく、付け合わせのポテトやマッシュルーム、人参も絶妙。素揚げにした野菜がこんなにシチューに合うとは思わなかった。
「しかしリリィ、こんなに遅くまで待っていなくてもいいんだよ」
食後のミルクティーを飲みながらダベンポートはリリィに言った。
「そうだな、夜のお茶の時間になっても僕が帰ってこなかったら君は先に食事を摂った方がいい。食べないのは身体に悪い」
「そんな!」
皿を持ってキキと一緒に階下に降りかけていたリリィが慌てて後ろを振り向く。
「ダメです。旦那様よりも先にわたしが食べるなんて!」
「でも、お腹が空いただろう?」
「いえ、わたしは……」
なぜか少し頬を赤らめる。
「お味見ができますし……実はポテトも少し、つまみ食いしてしまいました」
「ははは」
ダベンポートは珍しく声を上げて笑った。
「ならそれでいい。僕が遅い時は少し多めに『味見』しなさい」
場所を変えてリビングで一緒に紅茶を飲みながら、ダベンポートは事のあらましをリリィに説明した。
マナの真空地帯が実は拡大しているのではなくて移動している事、その経路がどうやら
「まあ、そういう訳で明日で大詰めなんだ」
ダベンポートは両手を広げた。
「それで解決するといいですね」
リリィが上品にお茶菓子のショートブレッドを齧りながらダベンポートの言葉に頷く。
「だが、そのために僕は明日から
「
リリィは少し背筋を震わせた。
「
「まあね、確かに暗いところかも知れん。そこでだリリィ、一つお願いがあるんだが」
「なんでしょう?」
「明日いつでもいい、魔法院の教会に行ってちょっと聖水をもらってきて欲しいんだ。実験室に空いているフラスコが何本かあるから、どれか一つ持って行って例の萎びた神父にお願いして欲しい。僕が欲しがっていると言えばすぐに分けてくれるはずだ」
「判りました」
リリィが頷く。
「でも、なぜ?」
「なに、おまじないだよ」
ダベンポートはリリィに言った。
「
「そんな、旦那様」
リリィはひどく慌てた様子だ。そんなリリィの可憐な様子に目を細めながらお茶を啜る。
「だからねリリィ、明日は僕が帰ってきたら玄関先で少々その聖水を僕に振りかけて欲しいんだ。そうすればリリィも安心だろう?」
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