第五話

 ダベンポートはその日の中にウェンディを魔法院の技術部に赴かせ、マイクロフィルムを壁に投影するための映写機を制作してもらった。

 何も新しい機械を作る必要はない。ブループリントに焼き付けるためのカメラを映写機に改造してもらうだけで用は足りる。通常は下に投影する画像をを九十度上に向け、レンズを交換してピント調整が出来るようにするだけだ。

 フィルムローダーは連装式にして連続的に画像を切り替えられるようにした。こうすれば次々に画像を写す事が出来る。

「では、やってみますか」

 翌日、ヨーナスは連れてきた技官と共に装置を室内に設置すると白い壁面に四角い画面が写るように調整した。

 次いでダベンポートのオフィスの明かりを暗くする。

 窓がないダベンポートのオフィスはこんな時にはとても便利だ。壁の瓦斯ガス灯の明かりを絞り、ドアを閉めるだけで部屋の中は暗くなる。

 薄暗い光の中で若い技官は予めセットしておいたフィルムローダーを映写機に差し込んだ。

「これが二週間前の朝の状態です」

 カシャン

 小さな音を立ててフィルムが入れ替えられる。

「そしてこれが夜の状態」

 カシャン

「翌日の朝になるとそれがこうなります」

 カシャン


 始め、ダベンポートには何が何やら判らなかった。画面に写っているのは等高線、そして黒いエリアがヨーナス達が言うところの『ダーク・ゾーン』、マナが存在しない領域だ。

 だがやがて、ダベンポートにも事態が理解できてきた。

「……動いている?」

「ひょっとして、移動しているんですか?」

 驚いたようにウェンディが声をあげる。

「はい。その通りです」

 映写機の光で下から照らされたヨーナスのメガネが白く光る。

「『ダーク・ゾーン』は拡大しているのではなく、移動しているんです。僕たちが最初に病院のそばで調べた頃にはそこに『ダーク・ゾーン』があったのでしょう。でも」

 カシャン

 壁に写った画像の『ダーク・ゾーン』は王立病院の辺りには存在していなかった。「これは王立芸術院のあたりか」

 連続した画像の中で今『ダーク・ゾーン』は王立芸術院の周囲を行ったり来たりしているようだ。

「……王立芸術院の辺りに『ダーク・ゾーン』があったのは二週間前、確かに符合するな……」

 二週間前といえば、エリーゼがダベンポートの家を訪問してトウシューズの魔法が働かなくなったと訴えた頃だ。その頃『ダーク・ゾーン』が王立芸術院の辺りにあったからエリーゼのトウシューズが働かなかったのだろう。


 その後フィルムローダーの終わりまで連続した画像を四人で眺め、さらにダベンポートが指示してフィルムを最初からもう一度再生してみた。

「……動きに規則性がないな」

「はい。特段の規則はないようです」

 画像の中で、『ダーク・ゾーン』はただ右往左往しているだけのように見える。

「……ヨーナス、もう一度だ」

 何かがひっかかる。この動き、それにこの軌跡。どこかで見たことがあるような……。

「はい」

 ヨーナスに促され、若い技官はもう一度フィルムローダーを映写機に差し込み直すと映写を始めた。

 軌跡は鋭角的で、どこかに突き当たるとそこから引き返して他の場所に移動しているようだ。

(あの辺りには確か教会が……)

 ダベンポートは膝の上に顎杖をついて考え込んだ。

(こっちも教会だ。……ん?)

「ウェンディ、この形、見たことがないか?」

 ダベンポートは暗がりの中で寄り添うように座っているウェンディに訊ねた。

「この形って?」

「不規則には見えるが、『ダーク・ゾーン』は何かの通路を伝っているように見えないか?」

 厳しい表情で考え込みながらダベンポートはウェンディに言った。

「僕にはどうも、『ダーク・ゾーン』が地下墓所クリプトの中を移動しているように見えてならない」


 ダベンポートとウェンディはオフィスを飛び出すと、駆け足で魔法院の四階にある巨大資料室グレート・アーカイブに飛び込んだ。

 ここには魔法院がいままで収集してきたすべての資料が集められている。

「ウェンディ。魔法院は絶対に地下墓所クリプトの詳細な地図を収蔵しているはずなんだ。司書を呼べ。地下墓所クリプトの地図を取り寄せるんだ」

「はいっ」

 すぐにウェンディが司書席に走っていく。

 ウェンディは司書席の老婆を捕まえると、噛みつかんばかりの勢いで

「セントラルの地下墓所クリプトの詳細な地図が必要なんです。今すぐ!」

 と資料の閲覧を迫った。

地下墓所クリプトの地図ですか? それはまた珍しいものを」

 老婆が不思議そうにする。のんびりと答える姿が苛立たしい。

「理由はなんでもいいんです。今すぐ頂戴!」

「さあて、あれはどこにありましたかねえ……」

 魔法院の制服を着た老婆はよっこらせと立ち上がると首からさげた眼鏡を掛け直し、資料室のインデックスを指で辿り始めた。

「……あれは古い資料だからたぶんDセクションだと思うんだけど……ああ、あった」

「どこ⁉︎」

 ようやく老婆が探り当てた資料の位置をウェンディが問い詰める。

「でもあれは、お渡しできませんよ。機密事項カテゴリーBです」

 老婆は顔をあげるとおっとりとウェンディに言った。

「魔法捜査局ならカテゴリーSまで閲覧可能でしょう? はやく頂戴!」

 苛立ったウェンディは司書に掴み掛からんばかりだ。

「原本をお渡しはできませんが、コピーならお渡しできます。今、ブループリントを作りましょう。でも、使い終わったら持ってきてくださいよ。ちゃんと破棄しないと私が叱られてしまう」


 まだ現像されたばかりで濡れているブループリントを持ってダベンポートとウェンディは再びオフィスに駆け戻った。

 中ではヨーナスと若い技官が呑気にコーヒーを飲んでいる。

「ヨーナス、これを壁に貼って、さっきの映画シネマトグラフの画像と重ねるんだ。僕の勘が正しければ、『ダーク・ゾーン』の動きはこの通路と一致する」

…………


 再び部屋を暗くして、映写機を乗せた台をヨーナスと技官が少し動かす。二人は映写機の画像とブループリントのサイズを一致させるとフォーカスを調整した。

「よし、もう一度最初からやってくれ」

「はい」

 ヨーナスの部下の若い技官はフィルムローダーを操作し始めた。

 一枚、また一枚……

 フィルムが送られるたびに『ダーク・ゾーン』が移動する。

「思った通りだ」

 思わずダベンポートは唸り声を漏らした。

『ダーク・ゾーン』は地下墓所クリプトの終点、古い教会まで移動するとそこで引き返し、元来た道を戻っていた。

 あるいは突然ジャンプして、他の教会から移動を始めることもある。

「『ダーク・ゾーン』は地下墓所クリプトの中を移動しているんだ。これが地表にまで影響を及ぼしている。地下に潜ろう。地下墓所クリプトの中で何かが起きている」

 ダベンポートは隣のウェンディに言った。

「中に何があるのかはまだ判らん。だが、とりあえず入ってみようじゃないか。これは突破口になりそうだ」

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