第21話:その少女、何者?

「ハァハァ……、熱いですぅ……」


「氷枕とっかえるからな? 待ってろ?」


 タクヤは連絡が取れたフレデリカを待ちながら、熱でうなされているルゥルゥを介抱する。




 ピンポーン!




 インターホンの乾いた音が鳴るとバタンと金属製の安物の扉があけられる。




 あまりにも緊急事態だったので、部屋の施錠を忘れていたのだ。




「たっく~ん、待たせたわねぇ」


「お、お邪魔いたしますっ」




 タクヤたちの前に現れたのは約束通りのフレデリカと見かけない顔の少女が一人付き添いで来たようだ。




 その少女の服装に関してはタクヤたちも見慣れたもので、ギルド酒場の受付嬢のものであるがタクヤとルゥルゥはまだ新人である彼女とは面識はなかったようである。


「ここが男の人の部屋……」




 受付嬢の制服を着た少女は慣れない動きであたりをきょろきょろと見渡す。




「ううっ」




苦しむ幼女の声が部屋の奥から発せられたので、フレデリカたちはそちらへ向かうと、


「よし、来たか……、熱がひどいっ。頓用の解熱剤を飲ませたんだがなかなか下がらないっ」


「薬が効かない? それじゃあ、……白魔法だと、体力回復が主だから、それと、首筋あたりにうっすら氷結魔法の微弱なやつをかけてやって解熱を行うわぁっ。微弱なやつだからたっくんでも使えるわよね」


「ああ」


 まずは応急手当だ。


 タクヤは狭範囲氷結魔法、フレデリカはリジェネ回復魔法をと、役割分担した。


 受付嬢の少女は詳細な状況を知らされていないのか、一人置いてけぼりな状態だ。




「ミニマム・フリーズ!」


「ヒール・エフォート!」




 二人はそれぞれの魔法を詠唱する。




 タクヤの手のひらはルゥルゥの首元に添えられ、微弱な冷気が発せられた。


 また、フレデリカの魔法効果は、ルゥルゥに緑色の癒やしの光を帯びさせる。




「ハァハァ……、ふぅ……」




 どうにか高熱の発作は収まったようだ。




 タクヤとフレデリカは安堵する。




 そこへ突然外野になっていた少女がズカズカと乱入すると、


「足りないですね?」




えっ。




治療者の二人はアンドのつかの間振り返ると。先程のギルド酒場の制服の少女がそこに腕を組みながら立っていた。




先程の弱気な目つきが一転しているようだ。




「それじゃあ、足りないと言っているんですっ。えっと、名前を名乗ってなかったですね。失礼。アンジェリーナと申します。見た目のとおりですがギルド酒場で受付嬢をしています」




「「!!」」




アンジェリーナは目つきを鋭くし、畳みかけるような自己紹介にタクヤとフレデリカは、はっと驚いた。




「今から私の言う通りに動いていただけますか? フレデリカさんは、魔力を多く持っていそうなので私に魔力を供給をお願いします……、それと、そ、そこのお、お兄、さんは見たところ、魔法のセンスが壊滅的なようなので、氷枕か冷却シートの追加をお願いします」




 この小娘、壊滅的とはよういいよるわっ、と初対面ながら一瞬ムッとなったタクヤだが、今はわらにでもすがる気持ちで彼女に任せ、指示された物の調達にダッと冷蔵庫へ駆け出した。




 アンジェリーナはポケットから医療用の手袋が入った滅菌袋を取り出すとそれを引き剥がし手袋を空気に晒す。


息をすぅと吸い込み、両手を上げ体制を整えると、


「クリーン・ハンズ!」




 ――クリーン・ハンズ、白魔法の一種で医療行為を行う前行程で行われる、清潔洗浄魔法の一種だ。


 アンジェリーナの両肘から先に向かって、エメラルドベースのオーラーが輝き螺旋を描きほど走る。




「よしっ、殺菌完了っ」


 アンジェリーナは手袋を周囲の物体に触れずに装着すると、


「アンジェちゃんあなたぁ、一体……!」




 アンジェリーナに魔力を送り続けるフレデリカは、不思議がっている。




「いや、だって受付嬢が魔法使えるなんて聞いたことないわよぉ?」




 冒険者の常識的にはフレデリカの言う通りであり、魔法を習得するくらいなら高レベルクエストなどでギルド酒場の受付嬢よりはるかに高額報酬を貰える可能性のある冒険者になるというのが当たり前となっている。




「ふんっ、御託は後で聞きますから……。 白き清き輝く糸よ、解き放たん! 白魔聖光糸シャイニング・ヤーン!!」




 そう詠唱するとアンジェリーナの細くしなやかな指先から、聖なる光を帯びた糸が具現化された。




 糸はゆらゆらと宙を蛇のようにくねらせているが、どこか意思をを持っているようにも見える。




「聞いたことない詠唱……っ! まさか“魔術師”ってことぉ……っ!? あの年齢でその領域に達しているってこと……!?」


 驚くフレデリカの言う、“魔術”とは魔法を固有スキルまでに昇華したもので、正式名称は特殊魔法術。魔術はその略称だ。




「……今からこの娘の口から“糸”を挿入します。この魔術、魔力消費が激しいので、どんどん私に遠慮なく魔力の供給をお願いしますっ」


「ええっ、はああああ――!」




両掌をアンジェリーナへかざすフレデリカは気合を込めて魔力をアンジェリーナへ注ぎ込む。




 アンジェリーナが操る光の糸は、先端をくねらせながら、ルゥルゥの口元へシュルシュルと近づき、




「ちょっと、ごめんなさいね。行くわよっ」


「うぐぅっ」




 ルゥルゥは驚きたまらず声を苦しげにあげた。




 魔法の胃との先端がルゥルゥの口腔内に挿入されると、アンジェリーナは目を瞑った。


「さあ、あいつはどこかしら? 釣り上げてやるわよっ。そしたらかわい~くいたぶってあげるから、覚悟なさいっ」


「釣るって、ルーたんの中に何かいるのぉ?」




 術者のアンジェリーナは、過集中の状態にあるため、フレデリカの言葉を完全無視。




「……食堂通過、墳門入るわよ……。 ビンゴよっ。やっぱりあいつね!」


「だから、あいつって何なのよぉ~!」


「よしっ、掴んだわよ、ぬん!」


 目を閉じているアンジェリーナは右手人差し指引っ掛けるように糸を持っているが、その指をくっと更に折り曲げると、しゅるしゅるとコード巻き込むように糸がルゥルゥから引き抜かれ始めた。




「ううっ! ぐろろろ……、がぼぁああああああああ――!」




 ルゥルゥの口から液体の塊が光斧糸とともに引き抜かれた。




「ぴぎゃ、びぎゃ、ぴぎゃああああ――」


「す、スライムぅ? 寄生してたのぉ?」


「ええっ、こいつが元凶よ! というわけで観念なさい、はあああああああ――!」




 目を見開いたアンジェリーナは光の糸を操作、螺旋状に変形させてその糸はスライムに巻き付いて、締め付け、糸巻きのボンレスハム状態となった。




「ぴぎ、ぴぎ、ぎゃあああああああああ――!」




 ぱあああああああん、とスライムは糸に切断される形で爆散し、液体をベチャベチャと飛び散らかせた。




「――すまなかった! 氷が切れてたから、冷却シート買いに行ってた……、て何コレ!?」




 スライムが爆散したのと同時に、買い出しに行ってたであろう、タクヤが治療現場に戻ってきた。

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