悪夢の狭間
譚月遊生季
悪夢の狭間
ああ、まただ。
意識が夢の中へと落ちていく。
情景に見覚えがある。何度も、似た夢を見た。
正確には似ていない。起こることも、出会う人も、毎回違う。
けれど、似ている。……いや、続いている。
夢の続きの日常。
もう1人の私が送る、有り触れた日常。
それでいて、現実ではない日常。
胡蝶の夢、という言葉が思い浮かぶ。
夢の中の私が、ごく普通の、一般的な生活を送れば送るほど、目覚めた時には底知れない得体のなさがある。
けれど、私はやがて「そういうもの」として受け入れた。
どれほどリアルな感覚で、感触でも……
夢は、夢だ。
***
「おはよう!」
中学生時代のクラスメイトが話しかけてくる。
ここは大学だけど、夢の中の彼女は私と同じ大学に通っているらしい。
さほど仲良くもなかった相手だが、夢の中では馴染みの友人らしく、親しげに語り掛けてくる。
「前のレポート、キツくなかった?」
「んー、まあ、単位はどうにかなりそう……かな」
「そっかぁー……」
他愛のない会話。本当に、ごくごく有り触れた日常風景。
なんてことはない、平凡な夢。
……と、気がつけば今度は講堂にいる。
場面の切り替わりは唐突で、現実離れしている。……だからこそ、この世界が夢なのだと、分かりやすくもあるのだが。
講堂では劇を見ていた。芸術鑑賞だったか、イベントか、大学のサークルか……分からないけれど、アマチュア劇団の公演だ。
座席には数人の学生がまばらに座っている。隣では、別の友人が居眠りしている。彼女に誘われたのか、私が誘ったのか。経緯は分からない。
場面がまた切り替わる。
面接を受けている。そこそこ上手くいっているらしい。……就職活動だろうか。
場面がまた切り替わる。
両親と親しげに食事をしている。朝食か、昼食か、夕食か……それは、分からない。
場面が曖昧にぼやける。光に溶けて、離散していく。
……目覚めの時間になったらしい。
***
起き上がって、誰もいないリビングに向かう。
適当にゼリーを胃に入れて、時計を見る。もう、昼をとっくに過ぎていた。
予約に間に合うよう家を出て、いつもの場所へ。身支度も適当に済ませた。……お洒落をするような場所じゃないから。
「最近は眠れていますか?」
代わり映えのない医師の質問に、ぼんやりと頷く。口から勝手に、とめどない愚痴が溢れる。
相手は何かメモをとりながら、私の話を聞いている。
「それでは、お大事に」
仕事で身体を壊してから、友人と遊ぶこともめっきり減った。
両親は私の悩みが理解できないらしく、会話も噛み合わないしすぐに喧嘩になる。
私の日常は、惰性で生きるだけの日々。
……こちらの方が悪夢なら、どれほどよかっただろう。
一日中ぼんやりとすごし、何もせずに日が沈んだ。
夜、寝付けなくて、いつものように薬を飲む。
眠りに落ちる間際、ふと、思う。
……あの夢がみたい。
その日の夢は、意味不明なものだった。
巨大なタコが坂道を転げ落ちてきて、私は道の脇に避けることで倒した。潰れたタコの死骸から墨がドバっと溢れて、地面が真っ黒になった。
目が覚めて、SNSに「変な夢を見た」と書き込む。
夢は、選んで見ることなどできない。見たところで現実は変わらない。
……夢は、夢なのだから。
悪夢の狭間 譚月遊生季 @under_moon
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