第2話 不思議な世界?

 結局、俺とクラスで一番ノートが綺麗な女子は、隣の駅まで扉の前で一緒にいた。隣の駅に着くと同時に、二人で降りて発車のベルが鳴り終わる前に、隣の車両に大急ぎで移動した。


「はあ、はあ! もう少し発車時間をゆっくりにしてくれれば良いのになアー。隣の車両に移動するのに、こんなに走るなんて、何か変だよ、そう思うだろう」


「ハアッ、ハアッ! ハアッ、ハアッ! そうね、そうかもね」


 クラスで一番ノートが綺麗な女子は、息が苦しそうだった。


「でも、あまり発車時間を長くすると後ろに電車が詰まっちゃうんじゃないかしら? 特に各駅停車は、後ろから急行電車が追いかけて来るから、運転手さんも気が気じゃあないでしょうね」


「あれ? でも、君まで車両を移らなくても良かったんじゃないか? だって、あの車両は女性車両だから、俺だけが出ていけばいいんだものな」


 俺はクラスで一番ノートが綺麗な女子に問いかける。


「うーん、そうかもしれないけど。一応責任を持って移動させます!って、あそこで宣言しちゃった手前、私も引率して行かないと、なんかダメかな? と思っちゃったの」


 汗をふきふき、さわやかな笑顔を見せて答えてくれる。


 そうこうしている間に電車は目的地に到着した。おれとクラスで一番ノートが綺麗な女子は、二人で高校に向かった。


 ……


 クラスで一番ノートが綺麗な女子が最初に教室に入ろうとして、教室の扉を開けた。


「キャー!」


 彼女は悲鳴を上げて、俺の方を見て、扉の向こう側を指さした。そこには教室が無くて、外に通じる非常階段があった。


 俺は、慌ててその扉を閉めた。


 今朝と状況が同じなら、少し待ってから開ければ元に戻るはずだった。一呼吸おいて、改めて教室に向かう扉を開けてみた。今回は、俺の作戦はうまく行かなかった。

 何回試しても、待つ時間を増やしても、教室に向かう扉は、非常階段に通じる非常口につながっているようだった。


 それよりも、不思議なのは、もうすぐ授業が始まる時間だというのに、廊下にはクラスメートどころか、他のクラスに向かう生徒や先生の姿が全然見当たらない事だった。


 もしかしたら俺たち、昇降口の扉を開けた時点で既に別の場所に迷い込んでいたのか?


 思い返してみると、確かに昇降口には多くの生徒がいて、もうすぐ授業始まるよーの雰囲気に満ち満ちていた。


 でも、昇降口の扉を抜けて、教室に向かう廊下を二人で歩いている頃から、誰も廊下ですれ違っていないような気がしてきた。


 扉を閉める前に気が付けば、そのまま元に戻れるのは、朝の出来事から確認済みだ。でも、扉を閉めてしまった後では、すでに扉の向こう側に移動してしまったので、元の場所には戻れない。


 それは今朝の女性専用車両の出来事でこちらも確認済みだ。


 クラスで一番ノートが綺麗な女子が心配そうに、こちらを覗き込んでいる。俺は、とりあえず今まで理解している事実を彼女に告げた。


「え? という事は、このままこの不思議な世界に二人で閉じ込められちゃうって事かしら」


 不安げな表情をしながら、クラスで一番ノートが綺麗な女子は独り言を言った。


「いや、それは分からない。とりあえず、扉の向こうには何か別の世界が繋がっているのは確かだ。だから、一つ一つ扉を確かめれば、俺たちの世界に戻る扉があるかもしれない。昇降口の扉は、一つはこの世界に通じていたけど、他の扉は普通の世界に通じていたんだろう。だから、俺たちだけがこの世界に迷い込んでしまったという事なんじゃないかな」


「そうね! それでは、昇降口に戻って、一つ一つ扉を確認しましょう?」


「そうだね! ただし、一つ気を付けなければいけないのは、必ず二人で要る時に扉を開けて扉の向こうを確認した方が良いということかな」


「今までの経験から、扉を閉めなければ、前の世界に帰ってこれるはずだからね。二人の内どちらかが、必ず扉を開けたままの状態にしておいて、もう一人は扉の向こう側を確認するようにするんだ」


「だから、僕たちはいつも一緒に行動しないとだめだよ。例え、トイレに行くときも、扉のある場所では二人で行動だ」


 自分で言ってしまってから、しまった! と思った。でも、状況が分からない今だからこそ、本心を伝えておかないと悔いが残りそうだったので、言っておく必要があった。


 当然、俺の言った言葉を聞いて、クラスで一番ノートが綺麗な女子は少し顔を赤らめて、質問してきた。


「トイレの中も二人で入るんですか? トイレの扉の向こうがトイレだと確認出来たら、トイレの扉を閉めても良いですよね?」


「うーん」


「トイレの扉を閉めるという事は、おしっこしてトイレから出るときにトイレの扉を開けるという事だろう? その時に、トイレの扉の向こう側が、この学校の廊下である保証が無いからなー」


「そうですね。『扉を開ける』という行為が危険なんですものね。『全ての扉は閉めてはいけない』がこの世界の原則なんですね」


「なんとなく、私にも分かってきましたわ。そういう事であれば、すごーく恥ずかしいですけど、トイレで個室に入っても扉は閉めません」


「でも、お願いですから、耳をふさいで、外を見ててくださいね。絶対に個室側は見ない、と約束してください」


「わかったよ、神に誓って約束するよ。(俺は無神論者だけど、こうでも言っておかないと、クラスで一番ノートが綺麗な女子は納得してトイレに行ってくれないだろうしなー)


 そう言っておきながらに、俺の方がオシッコしたくなって来た。そのことを、クラスで一番ノートが綺麗な女子に告げたら、


「あら、良かったですね。私、男子のトイレに行った事無いので、ぜひお供しますわ」(イヤ、普通の女子は、男子のトイレに行かないと思いますけど。)


 そう思いながら、男子トイレまで、二人で歩いて行った。


「残念だけど、オシッコだから個室には入らないよ。だけど男子トイレの入り口の扉だけは絶対に閉めないでいてくれ。今、急いで済ませて来るから」


 そういうと、トイレの扉を開けて、扉の向こうがトイレである事を確認したら、扉をクラスで一番ノートが綺麗な女子に開けたままにしてもらって、急いで男子用の便器に向かう。


 ジョロ、ジョロ、ジョロ。

 ピョイ、ピョイ。


 あーすっきりした。考えてみたら朝からずーっとガマンしていたので、オシッコはかなりの勢いだった。オシッコの音が、クラスで一番ノートが綺麗な女子に聞こえちゃったかな? まあ、女子と違って、俺はあんまり気にしないけどな。


 でも、考えてみたら、朝のあの事件は、俺が自分の部屋からトイレに行くために廊下に出る扉から始まったんだよな。ここで、オシッコしたから、これで終わり? とかいう落ちはないかなあー。


 そう思いながら、手を拭いてトイレから出て来ると、なぜかクラスで一番ノートが綺麗な女子が顔を赤くしていた。


「男子のオシッコも結構大きな音がするのですね。そうならそうと、最初から耳をふさいでくれとおっしゃってください。つい、聞いてしまったじゃないですか!」


「はーい、気が付かないで、ごめんなさい。これからは、もう少し小さな音でします」


 そう答えたら、彼女は不思議そうな顔をして、独り言をつぶやいた。


「え? 男子はオシッコの音を小さくできるの? どうやるんだろう?」


「そっから先は、ひ・み・つです。お父さんにでも聞いてください」


 俺は、少しうそぶきながら答えた。なんか、オシッコしたら、気分が晴れた感じだ。このまま、扉を探していけば、必ず元に戻る扉がある気がして来た。


 結局、昇降口には元の世界に戻る扉は無かった。でも、そこで俺はひらめいた。


 もしも、おれがこの仕掛けを作るなら、扉どうしのつながりを、あまり複雑にすると、自分で自分の罠にハマってしまうだろうと考えた。


 だから、多分この仕掛けを作った奴は、なるべく扉の接続をシンプルにしているはずじゃあないか? と思った。


 教室に入る扉が、非常階段につながっているなら、非常階段につながる扉は何処に通じているんだろう? 少なくとも、その部分が最初のスタートポイントじゃないか?


 結局、その考え方が正解だった。


 俺たちは、廊下の突き当りにある非常階段の扉を開けた。扉の向こうは俺たちの教室だった……


 まだ授業は始まっていなかった。俺たちが迷い込んでいた世界では、時間が止まっていたらしい。


 俺と、クラスで一番ノートが綺麗な女子は、二人で教室に入ると、何気ない仕草で自分たちの机に座った。

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