第10話 頼られたい人と頼りたくない人

都内のファミレスの片隅で小競り合いが繰り広げられること30分。遂に


「恵!こっちこっち」


恵さんが姿を現した。だがその恵さんの姿は写真から想像できないような姿だった。

黒髪の女の子にしてみれば短髪、前髪にピンク色の派手なメッシュ。それだけだったら一時の気の迷い、オシャレへの目覚め、なんとでも説明できるだろう。ただ僕達の目の前には説明なんて絶対にできないどう表現するかと言うのならば「見た通り」としか言えない光景がそこにはあった。


「恵さん?男性…じゃん?」


「一体、別人だったのか」


「いや、合ってるよ。この子は間違いなく君たちの探してる一原恵さ。ね?恵。お母さんの名前は紗枝でお父さんの名前は?」


「正志…だけど、薫この人達誰?」


「探偵さん。恵の親に依頼されて恵を探しに来たんだって。どうやらこれは本当らしいよ。ほら、これ依頼書」


「本当に、うちの住所も書いてある…」


「貴方が正真正銘の一原恵さん?」


「そうよ、私が一原恵。ってこの見た目じゃオネエかよって突っ込まれるだけなんだけどね」


これは本当に現実なのか?今まで女だと思っていた人が男だったなんてことだったら一時間や二時間話を聞けば受け入れられるかもしれない。僕達はその前提を人からしか聞いていなかったのだから。だが彼女の両親は?娘として育ててきて突然家出で一ヶ月も家に帰らないと思ってやっと会えると思ったら…男性になっていた?これはちょっと受け入れ難い現実なのかもしれない



「信じらんない、何薫これが恵さんの帰れない理由なの?」


「そうだよ、で俺の病気。」


「薫、話してるの?」


「仕方ないじゃん、恵の親が絡んでるんだから、じゃあ俺から全部話すね。早く恵座って」




平潟薫が生まれたのはごくごく普通の地域のごくごく普通の家庭。生まれて間もないころ、ごくごく普通の夫婦の間に生まれた赤子は生後5ヶ月にして、突如思ってもみない変貌を遂げる。最初は赤子の体調が悪くなり、出産直後の負担での影響かと思われていた。が、赤子は体の形自体が変わっていったのだ。人間の生まれてから揺るぎないはずの性別が変わっていった。


その後赤子はみるみる成長し、小学生になって中学生になっていくが自身の体質、いや、病気は何も変わらなかった。数ヶ月周期に体の性別が変わる。また恐ろしいことにこの病気治し方はもちろん原因が全くわからないというのだ。


だが高校一年生の時、当時は女性であった平潟薫に異変が訪れた。性別が変わらなくなったのだ。遂に治ったのか?と思うとそれは違ったらしい。ある一つの行為によって、性別転換が止まったと言うのだ。


「ちなみにその行為って」


「せっく「はい結構でーす」



「とまあこれが俺の病気の全貌?というか俺の全貌?」


「信じられないな」


「ちょっと待てよ薫先輩それじゃ恵さんの説明がつかないだろ。まさか後天的に偶然発症ってなわけじゃないんだろ?」


「もちろん、俺と恵が初めて会ったのは…半年前?」


「5ヶ月前くらい」


「そう、で、風邪気味だった恵とそのー…」


「うん言いたいことはわかる続けて」


「で、感染しちゃった、みたいな?」


「みたいなって」


信じられない。ただの赤ん坊に発症するだけでも恐ろしい病気なのに、感染するなんて恐ろしいにも程があるぞ。性別が変わる病気なんて流行ったら世の中パニックだ。


「なに、しちゃった時は薫はたまたま男だったの?」


「いや、俺基本大学入学してからは意図的に男のまんま止めてる。筋力あるし。」


そんな便利だからみたいな理由でサラッと話すな。確かに便利かもしれないが。


「薫のかかりつけの医者に二人で相談しに行った時には、私が風邪気味で免疫が弱かったことが関係しているんじゃないかって」


「…それで親御さんに合わせる顔がないんですね。」


「そう。娘として育てられたから、今帰ったら何言われるかわからなくて、怖くて。」


「女性に変わった時に帰ろうと?」


「…うん」


「おっけー!薫先輩恵さん。私良い案思いついちゃった!」


「何?言ってみなよ子供探偵。」


「女性になったら薫と結婚したらいいじゃないか。そうしたら秘密を知る者同士で守って生きていけるよ!」


「おい中見失礼なこと言うな」


「実は…その事は…結構考えてて」


「ま、感染しちゃったの時点で責任取る事は考えてたよね。」


おいおい嘘だろ。それじゃあ今後未来は幸せかもしれねえが根本的な解決には至ってないじゃないか。


「うん、そうだよねじゃあ、今からお互いの親に挨拶しに行こうか。ダメ?」


「ダメに決まってるだろ。今会ったら1ヶ月親に会わなかった意味がなくなる。」


「私もそれはダメ。」


やっぱりそうなるよな。いきなり変なこと言いだしたと思ったら何を考えているんだ優一は。しかし今回の依頼はなかなか手強そうな気がしてきた。優一は悩める若者と子を待つ親、一体どっちの味方になるんだろうな。


「そう、だよね…うんそうだよね。わかるわかる…ふふ」


「おい中見大丈夫か」


「大丈夫だよ。取り敢えず二人とも私に連絡先教えてよ。恵さんの両親にはまだ見つからないって言っておくから。」



こうして全員が連絡先を交換した後、今日のところは解散ということになった。

正直探偵事務所の人間としては今すぐ事情を説明して両親に会って欲しいところだが、二人の未来の為に、両親に二、三ヶ月待ってくれないか、そうしたら全員が納得して暮らせるのではないかと思えてしまう。


帰りの車で、優一はずっと目を瞑っていた。寝ていなかった。時々帰り道を確認するように薄っすらと目を開けていたからだ。


「着いたぞ」


「…知ってる」


「やっぱり起きてたんじゃねえか、どうしたんだ?今日少し様子おかしかったぞ」


「えー…いつから?」


「平潟に病気の話を聞いてから。」


「別に、昔聞いたクソみたいな話を思い出しただけだよ。」


「どんな?」


「ある国は少女の国でした。ある日突然その国で殺人が起こりました。」


「物騒な話だな」


「だけどその殺人は少女達の力では到底無理な芸当でした。少女達はこんな殺人皆ができるわけないと少女の死を自殺としましたとさ。ちゃんちゃん。さて、犯人は誰でしょう?」


「え、誰だよ、数人がかりでやったんじゃないのか?」


「残念答えは国に秘密裏に紛れていた成人男性でしたー伝え忘れていましたが犯行は一人によるものと断定されていたそうですぅ」


「クソみたいな話だな」


「ねー」


「で?あの病気の存在はその答えを覆すと」


「例えばその国のお偉いさんが例の病気を持っていたらどうだろう。国外から男を招き犯人に仕立て上げるなんてこと簡単に思いつくことだろ?」


「そうかもしれんが、流石にお前の思考が歪みすぎてないか?あの病気はただの病気だろう。」


「ふふ、そうだねえ。どうしようかな二人。縛って一原さんの家の前に置いとく?」


「バカなこと考えてんなよ。考えが詰まった時は話聞くから頼れよ。」


「悟に頼るくらいならインコに聞くさ」


「おい」


初めてと言っていいほど弱気な優一を見た気がする。優一も迷っているんだろう、依頼を取るか一生の気持ちを取るか。


「悟絶対依頼完了させるよ。あの二人の言い分も一理あるかもわからないが俺は納得してない。話さないことに意味があるとは思えない」


「そうか…さすがお前だわ」


訂正、迷ってはいなかったようだ。

どういう方法でいかに早く恵さんに両親に話させるか悩んでいるだけだった。

雇用主の意思に従わなくてはな。

しかしさっきの優一が考えていたことは殺人…に使えば女性にできないことを男性ができる、つまり性別自体変われば完全犯罪が可能ではないのかということだよな。

ただの病気でそんなことするはずがないよな?それよりも僕は原因不明の病、と言ったらある一人のことしか思い浮かばなかった。

まあ、考えすぎだとは思うがな。




次の日の朝、優一からメールが届いていた。「恵さんのみを昨日のファミレスに呼び出して話をつけることにした。薫には申し訳ないけど薫なしでこっちの話を進めるよ。」

昼の2時に事務所に来て欲しい、と書いてあった。そろそろ出勤時間だ。



事務所へ行き中見を拾って例のファミレスへと向かう。

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