第7話 饒舌と純朴

「次郎、仕入れてきた材料の確認を…おっと、お客さんか?こりゃ失礼…」


「おめえの客だよ」


「城島、城島の娘さん」


「娘…?」


「根久見紅虎です、初めまして…お父さん」



「紅虎…本当に紅虎か…大きくなったな」


「うっ…こんなに早く会えるって思ってなかった…」


たとえお互いの顔を覚えていなくとも、言葉や表情だけで親子であると確信できる、それはとても素敵なことだと思う。

場の空気がガラリと変わり、二人には親子水入らずで話をしてもらうために他の人は表の店の方へと向かい加賀さんは仕入れの確認に行った。

僕と優一そして楽理さんの三人が店の表で待機していた。



「それにしても良かったな。無事にお父さんと会えて」


「そうだねえ。まあ初日で会えたから依頼料があまり弾まないのが私としては残念だけど」


「お前に情緒はあんのか」


「でも…あんまりよろしくはないのかも…」


「え、何で?」


僕も優一も、楽理さんの意外な発言に驚きを隠せなかった。


「城島…危険に巻き込めないから家族と会えないって言ってた…」


「危険?誰かに命を狙われてるとか?」


「うん…まあそんな感じ…あ、これ言って良かったんだっけ…まあいっか…」


いやいや良くないだろ。命を狙われてるなんて重大事件じゃないか。

家族とやっと会えた矢先に父親が命を狙われてるなんて知ったらとても平常心じゃいられない。


「すっごい気になるんだけど!なんで命狙われてるの?」


「嬉々として言うな」


「うーん…言っていいかわかんないから…詳しくは城島から聞いて…?昔やってた探偵の時のトラブルらしいけど…」



確か城島さんが探偵をやっていたのは2.30年前の話じゃなかったか?

その時のトラブルから命を狙っているって…随分と粘着質というかなんというか。

一体どんなトラブルだったんだ、いかん僕も気になってきてしまった。


数十分経った頃、奥から根久見さんの声が聞こえてきた。


「どうしてお母さんと会ってくれないの!?」


それを聞いた優一が様子を見に行こうと率先して奥へ行く。それを追うように僕が付いていく。楽理さんはじっとしていた。


奥の部屋では、根久見さんと城島さんがテーブルを間に挟んで向かい合っていた。



「やばいね」


「ああ、どうする?」


「今は様子見…あっ」


城島さんの目線がこっちへ向いた。どうやら僕たちが様子を見にきたのがバレたようだ。


「探偵の方々、紅虎を家まで送ってくれないかな」


「ゆ、優ちゃん?」


根久見さんもこちらに気づいたようだ。


「お断りします。まだ依頼完了してませんので」


優一が即座に返答する。



「そうかい、なら次郎に頼むとする」


「ちょっと待ってください。もう一度話をしてみませんか?根久見さんはお母さんを助けるためにここまで来たんです。それは僕達も同じなんです。」


「室伏さん…お父さん、お願い。一度でもいいから。」



ここで、終わっていいはずがない。

その考えは優一も同じだ。なんと言ったって依頼書には母親と会わせる、まだちゃんと書いていたのだから。何より今苦しんでいる根久見さんの母親を救えなければ、意味がない。



「…はは、若い子にこんなに言われちゃうなんてね。参ったよ。わかった、話をしよう。」


「お父さん!」


「紅虎は、楽理と外に行って遊んできてくれないか?」


「なんで!?」


「いいから根久見ちゃん、楽理ちゃんいま一人で寂しそうにしてるから行こう!」


「え、えええ…?」



優一が根久見さんを押して店の表の方まで誘導しに行く。少し無理矢理な気もするが、根久見さんに心配をかけさせないためにはこれが最善策だと城島さんは考えたんだろう。



「さっきは偉そうなこと言ってすみません。」


「いやいやいいんだよ。私も少し大人気なかったね。」


「楽理さんに聞きました、探偵の時にトラブルがあったとか。」


「楽理…あの子は少しばかり口が軽いから困るね」


ごもっともです。それにしても城島さんは何故加賀さんの子供である楽理さんにも話をしたんだろうか?

加賀さんはこの事を知っているのだろうか。少しきになるところだ。


そうこうしているうちに、根久見さんを連れ出した優一が戻ってきた。



「すまないね。紅虎には後でちゃんと説明するよ。」


「いいんですよ〜。じゃ!話し合いしましょう、城島さん!」


「ああ、そうしよう。」


さっきとは違ったハイテンションで戻ってきた。事態をわかっているのか、この男は。



城島さんからは、何故探偵を辞め家族の元を離れたのか、家族に会わない理由、そして一番気になる命を狙われている理由について聞いた。


三つの答えはほぼ同じで、20年程前探偵業をしているときに知ってはいけないこと、所謂裏世界の情報を知ってしまったらしい。

相当重要な情報だったらしく、裏の人間が城島さんを始末しようと動きだし、挙げ句の果てには妻である根久見絢子さん(当時の名前は城島絢子さん)の居場所まで調べ始めた。

危険を感じた城島さんは、絢子さんと離婚手続きをして引っ越しをさせた。その時城島さんもできるだけその裏の人間の息がかかっている組織がないところに身を隠した。

そして20年経った今まで家族の誰とも会わず生活してきた。


正直20年も経っていれば裏の人間も忘れているのではないかというのが率直な感想だった、このまま一生家族に会わないというのは辛すぎる選択だと思う。



「一つ気になること聞いていい?」


「答えれることなら答えるよ」


「裏の人間から狙われているのがわかった、それはいいんだけど何故奥さんを調べてることまでわかったの?」


言われてみれば、そうだ。狙われていれば自身に実害があったりしてわかると思うが、調べている段階で知れるのは内部の人間と繋がりがある、か自分が内部の人間ということになる。

というかまた優一は敬語がなくなっている。時間が経つと敬語が喋れなくなる病気にでもかかってんのか。


「私を内部の人間だと?」


「うん、繋がりがあったのは確かなんでしょ?」


「繋がりがあったのは確かだ。が、私は裏の人間では断じてないよ。神に誓って」


「そっか、じゃあ提案がある。羅楽のおっちゃん。」


「おい、中見」


「はは、いいんだよ。元同業者のよしみだからね。」


「俺がその事件解決するからおっちゃんは解決したら家族と暮らしてよ。」


「君は…女の子じゃないのか?」


「そうだよ。根久見ちゃんには内緒ね。」


「だがそれは断る。」


「はあ!?せっかく秘密バラしたのに!」


態度がでかいにも程がある。城島さんが断るのはわかる。情報を知った人間を殺そうとし、奥さんの情報まで探ろうとするとても良心があるとは思えないような人間たちだ。あまりにも危険だろう。



「気持ちは嬉しいが危険だ。君は何故そんな若さで探偵なんてやっているんだい?」


「それは…姉ちゃんの病気を治すためだよ」


「だったら尚更だ。自分を想ってくれる人のためにも自分の命は大事にしたほうがいい。」


「それでも…ずっと家族会わないというのはあまりにも辛すぎる選択じゃないですか。根久見さんにとっても城島さんにとっても」


「そうだよおっちゃん!根久見ちゃん素寒貧でもお願いしてくる程切羽詰まってたんだよ!」


「わかったわかった、絢子には会おう。ちゃんと会って話をするよ。だが君たちが事件に首を突っ込むのはまた別の話だ。」


「お、言ったね!」



優一が何やら机の下からスマホを出した。なんとその画面には録音中の画面が表示されていた。全くこいつは失礼な行動にも程があるだろう。城島さんは自分の言った言葉に嘘をつくような人間じゃないだろうに。


「この部分だけ根久見ちゃんに聞かせてくるからね!いいよね?おっちゃん!じゃあ悟、依頼完了だ。ここで待ってて!」


「わかったわかった」


そう言うと優一はあっという間に建物の外へと去っていった。

本当に心情がわからないな。さっきの城島さんの事件のこと、本気で気になっているように見えたが。



「本当にすみません、中見があんな勝手なことをして。」


「いやはやこりゃ一本取られたね。まさかあの為だけに私の話を聞いていたのかな。」


「それは、僕にもわからないです。あいつの考えていることは。」


「…君は本当に真っ直ぐな青年だね」


「え、僕ですか?僕は大したことないですよ。」


「君ほど情に熱い若者はなかなかいないよ。君の言葉は困っている人間に強く刺さる。」


「僕の、言葉…?」


「そのまま真っ直ぐ生きていったらいいさ。」



僕の言葉とは、困っている人間に刺さる、一体どう言う意味なのか、自分は人を救える人間になれているということなのか?


言葉の真意は分からずに店の方から足音が聞こえ、根久見さんの明るい声が聞こえた。




今日は根久見さんと城島さんは加賀さんに車を借りてお母さんのいる病院へ、僕と優一はここまで来た車で事務所まで帰ることになった。

そして優一が気にしていた依頼料のことだが、根久見さんが城島さんに話をしたところ城島さんが全額払うことになった。

これには優一も喜び、その陰で僕は自分の貯金残高が減らないことに安堵した。



「じゃ、根久見ちゃん!羅楽のおっちゃん!またお困りの時は連絡してよね〜」


「うん!本当にありがとうございました!優ちゃん、室伏さん!」


「いえいえ、依頼をこなしただけですから。」


「娘に会わせてくれてありがとう。感謝するよ、中見探偵。」


「いいんだよ〜絶対奥さん元気付けてあげてね!あ、楽理ちゃん!」


「おい、中見っ…はぁ。」


「仕事、これからも頑張れよ。探偵の兄ちゃん!」


「はは、ありがとうございます、加賀さん。加賀さんもお元気で。」



それぞれ別れの挨拶を告げ車に乗り出発した。

自分がこの仕事に就いてから初の仕事だったが大成功のようで良かった。もしかしてこれは殆ど三ヶ島さんのおかげではないのか?




「初仕事終了!だね!」


「そうだな。そういえば楽理さんと何話してたんだ?」


「個人的なお礼だよ!楽理ちゃんが口を滑らせてくれたから、成功したようなもんだしね!」


「はは、それもそうだな。良かったのか?裏の情報とかすごく気になってそうだったけど」


「悟って意外と人のことよく見てるね」


「意外とは余計だっつの」


「俺が、自分の身を守れるくらいにもっと強い人間になったらおっちゃんから聞き出してやるさ」


「一体いつの話だよそれは」


「明日」


「早えな」



他愛もない話をしながら帰路につく。

この時の自分は知らなかった。城島さんの握っていた情報、それが自分たちにとって最大の目的に近づくための重大なヒントになることには。

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