第5話 経営者と客と中立人の苦悩

優一のお姉ねえさんと会って2日経つ。普段のカフェのバイト終えていよいよ明日は中見探偵事務所へ初出勤だ。普段ならバイトの初出勤はとても緊張するが一番偉い雇い主があれだから、緊張もくそもあったもんじゃない。



「店長、上がります。お疲れ様です」


「お疲れ様。そういえば悟くん、優一くんの仕事の勧誘受けたんだって?」


「はい、つい先日優一に連れられて優一のお姉さんに会ってきて話を聞いたんです。」


「そうかい。あの姉弟は若いのに大変な目にあって、おまけに両親も海外だからね。悟くんが力になってくれるなら安心だよ」


「…僕が力になれるかはわかりませんが…できる限りサポートしようと思っています」


「頼んだよ」


「はい」


優一の両親と店長はかなり仲が良かったようだ。本当に実の子供のように思っているんだと再確認する。

そういえば両親は病気の子供とまだ未成年の子供を置いて何故海外へ稼ぎに行ったんだ?

お金が必要なのもわかるが普通だったら子供が心配で側を離れられないんじゃないだろうか。

これは少し中見家の両親に物申さなくてはいけないような気がしてきた。




翌日



「おはようございます、中見探偵」


「おはよう悟!敬語じゃなくていいんだよ」


前会った時とは違って、優一は初めて会った時の女子学生の格好をしている。セーラー服を着て男らしい首を隠すためのネックウォーマーをつけ、同様の足を誤魔化すストッキングを履いている。



「とりあえず挨拶だけな」


「悟ってば敬語とかピアス開けてる割にしっかりしてるよね!」


「ピアスは関係ねーだろ」


「さて!早速今日依頼人がくるよ」



依頼内容は人探し。シングルマザーの娘で離婚した父を探して欲しいとのこと。

詳しいことは当人の口から説明するそうだ。


中見探偵事務所の依頼料金は8万円から15万円程度。正直シングルマザーの娘がやすやすと払える金額ではないと思うが、他の探偵事務所の浮気調査なんかは20万を超えたりするそうだから比較的良心的な値段だ。何故そんなに安いのか優一に聞いてみると少ない人数で死ぬ気で頑張っているから、だという。要するに人件費をケチにケチった結果なのだろう。それであの時給だ。

最近はSNSなんかで無料で広告できるから依頼料の安い探偵事務所で疑われることはあっても依頼はそれなりにくるとのこと。


依頼人を迎える準備をしながら待っていると時計が午後2時を迎えた時ドアからノックの音が聞こえる


「こんにちは〜中見探偵事務所さんですか?昨日依頼の電話をした根久見っていいます。」


「こんにちは初めまして、お待ちしてました。どうぞ座ってください。悟、コーヒー」


「了解」


「私より年下…ですか?」


依頼人の女の子は驚いている様子だ。無理もない。こんなメガネ女子高校生がどっしり事務所を構えているのだから。


「コーヒー、飲めます?」


「あ、ミルクと砂糖もらっていいですか」




「では、根久見さん。依頼の詳しい内容をお願いします。」


「は、はい探して欲しいのは電話でも伝えた通り父親なんですけど…その…」


「?どうかしました?」


「お金が…ですね…その前払いしますとお伝えしたと思うんですけど、依頼完了後に払うっていうのはダメですかね?」


事務所に入ってきてから妙におどおどしかった理由はこういうことか。それにしても何故こんな女子学生相手に消極的な態度なんだろうか。


「はあ、別に構いませんけど。」


「あ、ありがとうございます」


理由はこれか。優一が意外と冷たい印象を与える人間だったとはな。


「中見探偵、僕が話を聞いても?」


「うん、頼むよ」


「根久見さん、その依頼が後払いに変更っていうのは何か急がなくてはならない理由が?」


「はい、母親が、その、働きすぎてうつ病になりかけていて…どうにかお父さんを探し出して安心させたくて…」


「お母さんには、この依頼のことは言ってないんですか?」


「はい…お母さん、お父さんのこと嫌っているようで…」



この子は一体何を言っているんだ?母親がうつ病で辛そうにしているから安心させたいがために父親を探そうとしているのに母親が嫌いな父親と会わせたい?

あ、ダメだ優一が少しイラっとし始めている


「あの、それだとわざわざ嫌いな人に会わせるとかえってお母様は動揺してしまうのでは?」


「わかってます…だけど口では嫌いって言ってても小さい頃にお母さんがお父さん話をしている時はとても楽しそうだったんです。だから強がってるだけなんじゃないかって思って」


「なるほどわかりました。お母様とお父様がなるべく早く会えるように全力を尽くします。中見探偵、依頼書は?」


「私の机の上」




「では根久見さん、この依頼書に名前、住所、電話番号と、保護者の名前と電話番号をお願いします」


「ありがとうございます」



それにしても何故優一はそこまでイラっとしたのだろうか。今まで接してきた優一はもっとフランクな感じかと思っていたがこれが仕事の時の態度なのか?

何にしてもそれは改めさせなければな。



「優一、ちょっと外に」


「…………わかったよ」


「根久見さんは、そのまま書いててください」


「はい」




事務所の入り口のドアを閉めて外に出る



「優一、あの態度はないだろ」


「わかってるよ」


「わかってるなら何で」


「俺だっていつもこうじゃないよ?」


優一がイライラしている事の発端は昨日の電話でのこと。

根久見さんが依頼をしてきたまでは良かったものの、何とその依頼料の払える金額の上限が


「五万円?」


「そう」


何とか人件費を削って提示している最低金額の七割程度しか払えないのだそう。

それでも探す日数を減らすことや、依頼未達成の場合はお金を払わなくてもいいなど話しをしたのだが、見つけるまで探して欲しいという依頼だった。そうなるとかなりの日数かかるため依頼料も増すのだが金額の上限が決まっている。なんとも無理な話だったそうで、他の探偵事務所にいくら電話しても依頼を断られていたと。

必ず見つけると絶対の保証はないため優一も断ろうとしていたのだが、どうやらこの中見探偵事務所が最後の頼みの綱だったらしく根久見さんもかなり食い下がったらしい。


結局、五万円を前払いとして、その後のお金を追加で分割でも構わないので払うという話に落ち着いたのだがその前払い料金がまだ払えない、という状況になったということだった。


「多少イラっとしても仕方ないだろ。こっちはかなり妥協して依頼を受けているってのにまだお金の用意ができてないって言うんだ」


「言い分はわかった。じゃあこうしよう、根久見さんがもしも依頼料が払えなかった場合僕の口座から差し引いといてくれ」


「悟…何言ってんの?」


「要するに探偵事務所への借金じゃなく俺個人への借金にするってことだ」


「バカなの?まだお金稼いでないのに」


「わかってる、だけど話聞いたら依頼を受けないわけにはいかないと思って」


「バカみたいなお人好しだね。いいよ、そのお人好しで君の生活ができなくなっても知らないけど」


「お前な…」


「じゃ、戻ろっか」


「ああ」



中見優一は女子学生探偵である前に経営者であるんだと思い知らされたな。



「お待たせしました根久見さん!私も聞きたいことがあるので是非そのお父様について聞かせてくださいな!」


「えっと…?わ、わかりました」


「なんて態度の変わりようだ」



依頼人の探して欲しい人物は50代前半の男性。都内にいることは確かで名前は"城島 羅楽"(キジマ ララク)なんとも珍しい名前だ。

職業は現在何をやっているかは不明で性格は最後に会った母親によると"いい加減な男"だそうだ。血液型はAB型らしい。



「根久見…紅い虎で、なんて読むんですか?」


「べにこ、って読みます」


「珍しい名前ですね」


「母親が昔所属していたレディースの族の名前からとったんですけど」


「パワフルなお母さんですね」


「ふふ、そうですね、すごく気が強くて…」



根久見さんと僕が話している間、優一はどうやら都内の警察と話をしているようだった。


「キジマララク!いない?歌舞伎町の住民票とか探してください!頼むよイケメンな三ヶ島警部!一生のお願い!今回は本当だよ!」


警察相手に何故タメ口なんだ、一体優一はどんなコネを持っているのかなり気になるところだ。


「すみません、先程は中見が失礼な態度とってしまって。」


「いえいえ!いいんです、今回は私が無理な依頼をしてしまったから、仕方がなくて…あの、室伏さん?でしたっけ」


「はい、そうですけど」


「ありがとうございます…さっきの会話ちょっと聞いてたんです。こんなお金の持っていない依頼者なんかに、あんな風に言ってくれて…」


「いえいえ、いいんですよ。お母様の体調も心配でしょうし。それにまだ根久見さん学生でしょう?あまりかしこまらなくてもいいんですよ。」


「す、すみません……どうしても申し訳なくて…上京してからこんなに優しい人初めて会いました。」



優しい、か。いろんな人たちの気持ちを考えるうちに、こうなってしまったんだろうか。



「ありがとう警部ー!こんど東京バナナ持っていくね!え、いらない?そんなことないだろ〜じゃあね!」


「東京住まいの人に東京バナナは要らないだろ」


「そんなことはいいんだよ!じゃあ早速、私たちは聞き込み調査から始めますんで今日はお帰りいただいても大丈夫ですよ!」


「あの、中見さん、私も一緒に探します!」


「ん〜、うん、わかりました。なら一つ提案があるんですけど」


「私のことは優ちゃんって呼んでください、それと敬語禁止で。年上の人に私は敬意を払いたいですから。」


「わかりまし…わ、わかった、優ちゃん!」


「ふふっよし、行きましょう!」



態度が180度変わった優一に気持ち悪さを覚えながらも車を車庫から出して三ヶ島警部がいる警察署まで向かう。


人間って態度が変わるとこんなに気持ち悪かったんだな。いや、知らなかった。


あくまでもここにいるのは女子高校生探偵中見優一なんだ。少なくとも姉のために頑張る弟ではなかったな。

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