第4話 単純と複雑

翌日の朝


今日は中見優一の元へ行き、とある人に会うという約束だ。


会わせたい人、それは何故探偵をやっているかの理由の一つでもあるらしい。


先日渡された名刺の住所を元に事務所へ向かう。




「おはようございます、中見探偵事務所で合ってます?」


「やあおはよう悟くん!早かったね」


「今日暇でしたから。どうせなら早く来ようと思って」


「う〜ん。どうして敬語なの?」


「一応、上司になるんだろ?本当はお前に敬語なんて嫌だけど。本当に。」


「はははっ、じゃあタメ口でいいよ!大きな会社でもないし。」


「じゃあそうさせてもらう。呼び方は中見でいいか?」


「いや、下の名前で呼んで欲しい。優一様ってな。」


「じゃあ優一、今日の日程は?」


「うん、13時頃に病院の面会許可を取ってある。それまで暇だから雇用契約にあたっての書類を書いてもらおうと思う。」


「病院…?」


「まあまあまずはこの書類に目を通してて」


優一の会わせたい人というのはどうやら病院に入院しているらしい。

それにしても中見優一という男は学生でありながら何かとしっかりしていると感じる。

事務所の代表でもあるんだから当然といえば当然だがそれだけしっかりしていると子供ながらにしっかりしないといけない理由があるのかと少し同情してしまいそうになる。




その後書類を書き終えた僕は、中見優一の話を聞いていた。

探偵事務所で働く上での業務内容、何故女装をして探偵業を行なっているのか、自分のバイト先の店長とはどんな付き合いなのか、その後は僕の人生についても質問された。


僕は特になんの変哲も無い人生を送っていた。生まれは都内で小学校も中学校も特に引っ越すことなく、地元の友達と時を共にしてそれなりに楽しくやっていた。高校はそれなりの偏差値のところに入り、将来の夢はサラリーマン。だったのだが大学進学するお金もなく就職面接を受けるも見事に爆散。

色々あって今のバイト先の店長に拾われ、見事なフリーターとなった。

そんな話を優一は穏やかな表情で聞いていた。



「おっとそろそろ時間だ」


意外と長話になり、時計は12時を迎えていた。


「ここから電車で20分くらいのところに行くぞ。」


「車じゃだめなのか?」


「えっ自動車免許持ってるの?知らなかったんだけど」


「この書類にも書いただろ」


「本当だ!悟意外と優秀じゃないか」


「おい、意外とってなんだよ」


「下に車庫があって両親がノリで買った会社用の車があるんだ!何年も使ってないけどいけるだろう。それで行こう!」


「了解」





「ダッサ…」


車庫に置いてあったのは白いバンの車体に黒の篆書体で"中見探偵事務所"と書いてあるものだった。


「まあまあそう言わない。仕事の行き帰りとかこれ使っていいぞ。維持費とかは会社持ちだから。」


「うん…ダサい…」


「あれ、君運転する時眼鏡するんだね、目悪いんだ。」


「そうだよ。ていうかお前も眼鏡かけてるじゃん。」


「これ伊達眼鏡。視力2.0あるんだ。」


「なるほどすごいな」


死ぬほどどうでもいい情報を聞き、いざ病院へと出発する。

病院はどうやら東京でもかなり田舎の方にあるようだった。そこには山があって、物音といえば小鳥のさえずりぐらいしか聞こえない、のどかな場所だった。



「到着!」



「よし」



優一が面会の手続きを済ませ病室へと向かう。

ネームプレートにあった名前は"中見一羽"兄妹かなんかだろう。


「ねえ悟、話すときは絶対に大声出さないでね」


「?病院だからそんなのわかってるよ」


病室のドアを開けた先には、一人の女性がいた。



「姉さん、久しぶり」


「あら、優一今日はお友達連れてきたの?」


「初めまして、友達じゃなくて優一くんの事務所で働くことになったアルバイトです。」


「ふふ、初めまして。私中見一羽っていいます。優一の姉です」


「…室伏悟です。」


「姉さん可愛いだろ」


「優一ったら恥ずかしいこと言わないの」


「…かわいいというより、綺麗です。」


「わお」


「あら」


「あっ」


自分で何言っているんだろう、と思った。無意識のうちに言葉が出ていた。それくらい、目の前にいる女性はとても綺麗だと思った。

もしかして、一目惚れってやつかな、なかなかそういうのしたことなかったけれど。


「悟って意外と大胆〜イタリア人かよ」


「いや、その、違う本当に綺麗だと思っただけだから。深い意味はないよ、」


「ふふ、そんなに言われたら照れちゃうわ」


いややっぱりかわいいな。綺麗でもあるしかわいいな。なんていうか自分が今まで接してきた女性とは全く違うタイプの品がある女性だ。

違う、僕はここにナンパをしにきたんじゃなかった。


「優一、探偵をしてる理由っていうのは」


「そうだよ。姉さんのためでもある。」


「も…?」



聞けば優一の姉である一羽さんは目が見えない病気らしい。十年前くらいに家族旅行で海外に行った先で、元々体の弱かった一羽さんがなんらかの病気を発症し、日本に帰って半年ぐらい経つ頃には視力がほとんどなくなっていた。そんな症状はかなりめずらしかった。ただ検査しても原因であるウイルスを発見したもののどんな病院でも見たことないウイルスだったと。治し方が何もわからない状態だそうだ。


そして異変が現れたのは病気が発症してから一年と半年が経った頃、電車の通る音を間近で聞いた一羽さんは音が大きいためのショックか気絶してしまったらしい。


人間は五感のうち一つが機能しなくなると他の感覚が優れるようになる、なんて話をよく聞くもんだが一羽さんのそれは常軌を逸していたのだと。電車の音はもちろん街中の車が走る音さえうるさいと感じ、今ではコインを落としてその音の跳ね返りで何メートル先に物があるかなんてこともわかるようになってきたらしい。



「だからさっき静かにするようにって言ったのか」


「ごめんなさいね、気を遣わせちゃって」


「いや、一羽さんのせいじゃないです。むしろ大変な目にあってるじゃないですか」


「それが僕の探偵をする理由。姉さんの病気を治す糸口を探す、それが最大の目的だよ。」


「よくわかった。ありがとう、話してくれて」


「さて悟、改めて僕の事務所で働いてくれる?」


「もちろん。四年と言わず、一羽さんの病気が治るまで」


「!」


「お、言ったね悟、カッコいい〜」


「いいんですか?悟さん、今日初めてお会いしたのに…」


「僕がそうしたいと思ったので」



つくづく自分は、情と綺麗な女性に弱いんだと知った。


一通り話をし終わったあと、一羽さんとの連絡先も交換して時間になったので一羽さんと別れの挨拶をして僕と優一は車に乗った。


「そういえば優一」


「何?」


「姉さんのためでもって言うのは、他にも目的があるのか」


「う〜ん目的っていうか〜夢っていうか〜野望っていうか〜」


「なんだよ」


「俺名探偵コ◯ン大好きなんだよね。ゆくゆくは工藤◯一を超える高校生探偵になりたいんだよ」


「お前バカだな」


「なんでだよ!」



姉を助けるために、漫画のような探偵を目指すために、なんて単純な目的を掲げる中見優一は本当に単純な人間だった。

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