第二十七話 『笑われたって私の持ち味』

依然として1回表の守り、1アウト2塁、1ボールのピンチである。バッターボックスには3番バッターが居座っている。


悠大がサインを出す。それに明日香は頷いた。


2度セカンドベースへちらりと目をやった後、クイックモーションから外角へと投げ込む。指先を離れたボールはとてもゆっくりと大きなカーブを描き地面スレスレでホームベースを通過した。


パスっ!


「ストラーイク!」


ミットは情けないほどの音を鳴らす。今のボールはいったい何キロくらいだっただろうか。

50キロ?いやもっと遅いかもしれない。そう思わせられるほど明日香のスローカーブは遅かった。


相手ベンチからは笑いが漏れている。なんだあの球は、小学生か、と。「真剣にやってるんだぞ、笑うな」と相手監督が怒っているのも、なんだか嫌味に聞こえてくる。


しかし当のバッターはというと、全く反対の手応えがあった。これは相当な技術がないと、ストライクコースへ投げることが出来ない変化球なのだ。もちろん悠大も明日香も、笑われていることを逆に喜んでいた。


ざわついた空気の中、明日香は3球目を投じる。またもスローカーブだ。2球目と同じようなコースへ吸い込まれていくボールを、バッターは迷わず強振した。


キンッ!


力のない打球は3塁側ベンチへと転がっていきファールになった。


「おーい種ちゃーん!そんな球軽くホームランにしろよー!」


相手ベンチからバッターに対してのヤジが飛ぶ。


「くっそ、バカにしやがってさ」

バッターは腕と肩に力が入った。もちろんそれを悠大が見逃すわけがない。



「そうだそうだ。もっと力め。力むほどに空回る」


悠大が4球目に選んだのはストレートだ。内角高めの首元へボールは外れた。所謂見せ球である。


そして勝負の5球目、親指と人差し指で挟むようにした握りから、またもスローカーブが投じられた。先程よりも低い軌道だ。バッターは完全に身体が前へ出されていた。


パシッ。


「ストライク!バッターアウト」


泳がされたバッターはバットに当てることもなく三振した。50キロのスローカーブと100キロそこそこのストレートだけでチーム初三振を奪ってみせた。


「ナイスピッチ明日香!」


ナインが讃える。


「あと1つー!しまってこー!」


明日香がそれに応える。

対するはアナウンス曰く4番のレフト、武田だ。どっしりとした体つきはどこをどう見ても中学生ではない。完全に初老のそれである。


「こういうバッターにはこれだな」


悠大がサインを出す。明日香は今度はゆっくりとしたフォームから内角高めへと投げ込んでいく。優太はど真ん中へと吸い込まれていくボールに、一瞬ひやっとした。絶好球にバッターが強振していく。


ガキンッ!


打った打球はサード正面へのボテボテのゴロになった。バッターは一瞬何が起きたのかさっぱりといった表情をした。


サードの慎太郎がぎこちないながらも何とかゴロを捕球すると、ファーストへと転送する。これで3アウト、チェンジだ。ナインが一斉にベンチへと引き上げていく。こうして初めてのスコアボードに0を刻んだ。


「なぁ明日香、今のボールはなんだ?」


優太が口元をグローブで抑えながら質問する。


「シュートだよ。私の1番好きな変化球!なんかね、右バッターならこの球を内角に投げるだけでサードゴロを連発してくれるの。面白いでしょ?」


「うわー苦手なタイプだ。いやらしー」


優太がそう言うと、明日香の顔が少し赤くなった。

「べ、別にいいでしょ!?勝負事なんだし!」


悠大がパンッと手を叩く。


「お二人さん、仲睦まじいところ申し訳ないけど、もう円陣組んでますよ」


あっ、と優太は気づき、輪の中へ入る。2人とも顔が真っ赤だ。


「よし、この回、先制点取ろう!チーム初得点、取るぞ!」


「おおー!!」


グラウンドに、大きな叫び声が響いた。

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