第二十六話 『無我夢中でやったこと』

「いきなりのピンチだね」


第一声は明日香だ。悠大が頷く。


「ま、練習試合だ。今日は経験だと思って力を出し切ることに専念しよう。あと大橋、いい声だった。キャッチャーとしてはとても助かる」


「いつもの癖が出ただけだ」


海斗が少し目線を逸らしながら言う。しかし心做しか、楽しそうにも見える。


「ただ…。優太、ちょっと気持ちが抜けてる気がしたぞ。先頭バッターはバッターボックスの1番前のベース寄りに立ってたし警戒くらいはしてても良かったんじゃないか?それにファーストランナーがスタートを切ったとき、バッターは左打ちだったからセオリーとしてはショートだけベースカバーに入るべきだったと思う」


「ご、ごめん…。」


優太が肩を落とす。あくまで優太の本職はピッチャーである。小学生からサブポジションとして守った経験こそあれど、細かいプレーにまで気が回っていなかった。


「でもでも、この回ゼロで抑えればいいんでしょ?」


明日香がフォローする。


「ま、そうだな」


悠大も気を落ち着け、急かす審判に従って解散する。その時、悠大が何やら優太へ耳打ちをした。



ノーアウトランナー1・3塁。内野ゴロでも外野フライでも確実に点が入る場面だ。


ここは三振をとってアウトを稼ぐのがベストである。


「3番、ピッチャー、種田くん」


相手バッターは見るからに野球センスの塊のような出で立ちをしている。明日香は少し緊張感を覚えながら、セットポジションへと入る。


クイックモーションから繰り出されるストレートはバッターの顔の高さへと浮く。



「走った!」


またも大橋が叫ぶ。ファーストランナーがやや遅れ気味にスタートを切っていた。ディレイドスチールである。悠大はセカンドベース目掛けて低い弾道で送球をした。送球したのを確認するとサードランナーは一目散にホームへと突入を試みた。


誰もが池川ボーイズの機動力に負けたと思ったその時だ。セカンドベースとマウンドの中間地点に優太が割り込んだ。優太はホーム側へ助走をつけながら捕球すると、さすがはピッチャーというような豪速球をホーム目掛けて投げ込んだ。


バシーンッ!



「アウト!」


悠大のグローブはランナーがホームベースに触れるより先に、その足を捉えていた。


「ナイスカット、荻野ー!」


周囲がわっと盛り上がる。優太はとても嬉しかった。池川ボーイズはというと、完全にセーフのタイミングでスタートしたのに何故だ、といったリアクションである。


「優太ー!ピッチャーの時より球はえーじゃん!」


悠大が冷やかす。そして優太はハッとした。


「あれっ…?マウンドからじゃなければ、もしかして思いっきり投げられるかも…?」


そんな優太を見て1番嬉しそうな顔をしていたのは優太ではなく、明日香だった。


「優太くん、ナイスボールっ!」

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