第二十五話 『はじめてのプレイボール』

キャッチボールを始めた直後のことだった。グラウンドの東側にある坂道を通って、池川ボーイズの選手の姿が現れた。


「いやー、若いねー」

「1つ下なだけだろ」


優太は明日香のボケにすかさず反応する。しかしよく見ると、選手たちはその幼さの残る顔立ちとは裏腹に、しっかりとした体つきをしている。さすが名門といったところである。


「しかしこんなに早く試合ができるようになるとはなー」


悠大が言う。たしかについこの前までは野球部は存在すらもしていなかった。優太も同じ感覚に陥っていた。



池川ボーイズの選手たちは、すぐさまユニフォームに着替えると、独特なアップを始めた。こういう独自の調整方法を持っているチームというのは得てして強いものである。優太は直感的にそれを感じ取った。


「あの、キャプテンはどなたですか?」

選手の1人が駆け寄ってくる。優太は自分を指さした。


「メンバー表の交換をお願いします。あと先攻後攻ジャンケンも」


「あっ、はい」


優太はたどたどしく、メンバー表を取り出した。完全に立場が逆である。高校生の面目など、まるでない。


「それではウチが先攻ですね。シートノックをして、すぐ試合を始めましょう」


そうして、記念すべき紫陽花高校の初試合が始まった。



マウンドに立つのは明日香だ。綺麗に整備されたグラウンドの真ん中で投球練習が始まった。スリムな体躯から放たれる、しなやかなストレートがミットに収まる。決してスピードボールであるとは言えないが、整ったフォームとコントロールがいい投手であるように感じさせる。



アナウンスを担当するのは杏奈だ。少し緊張気味ではあるが、ハキハキとした声はいつもの杏奈である。



「1回の表、池川ボーイズの攻撃は、1番ショート吉川くん」


細身の少年、といった感じの池川ボーイズの中でも一際幼い顔をした選手が左バッターボックスに入った。明日香は悠大のサインに頷く。セットポジションから、外角低めへとストレートが放たれる。


コンッ!


打球はピッチャーとファーストとセカンドの真ん中を転がる。所謂ドラッグバントである。やや強めの打球は、ピッチャーの左足側を抜け、すぐさま セカンドへと到達した。セカンドを守る優太は、虚をつかれていた。全くの無警戒だった初球でのセーフティバントに為すすべなく、打球をグラブに収めた時点でバッターランナーは一塁へと駆け込んでいた。相手は何枚も上手だった。


「すまん」


一塁へ送球することも出来なかった優太は、明日香へとボールを手渡しした。


「次だよ次」


明日香の目付きが普段とは違う。勝負師の目をしている。


「2番、センター、篠原くん」


背中越しに1塁ランナーを警戒し、セットポジションに入る。少し長めの間合いから、初球のストレートを内角低めへと放った。


「走った!」


ファーストの大橋が大きな声を上げた。もちろん走ったのはファーストランナーだ。


キンッ!


左バッターが叩きつけた打球は大きく弾みながらも、2塁ベースカバーへ入ろうとした優太の逆を突き、ガラ空きの1・2塁を抜いていった。スタートを切っていたファーストランナーは悠々3塁へと到達した。初回からノーアウト1・3塁。いきなりのピンチとなってしまった。


「た、ターイム!!」


悠大が間をとる。内野手が全員、マウンドに駆け寄った。

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