第二十二話 『隠し事なしで』
次のマウンドには明日香が上がった。悠大と優太への責任を感じたのだろう。バットをミットへ持ち替えた悠大へと軽く10球ほど投げ込んでいる。小さくて細い身体からしなやかな腕を投げ下ろす。球威こそないもののしっかりとスピンのかかったストレートがミットを鳴らしていく。
「いいよ」
明日香が合図を送る。悠大は再び右バッターボックスに入った。優太はライトからその光景を眺めていた。心ここに在らずといった感じだ。それでも練習は進んでいく。
明日香が振りかぶる。長い左脚を上げ、お尻からバッターへと向かっていく。地面に着地をすると同時に腰から上半身へと回転を伝える。その回転から生み出された腕のしなりから綺麗なバックスピンのストレートが指から離れていく。
キンッ!
悠大の振り抜いた打球は明日香のボールにスピードをさらに加え、ライナーで軽々と外野の頭を超えていく。まだグングンと伸びていき、だだっ広いグラウンドの端にある部室棟の屋根に当たって跳ね返ってきた。きちんとした球場であればれっきとしたスタンドインのホームランである。
明日香は口を開いたままポカンとした。ここまで飛距離の出るホームランを打たれるのは初めてだった。しかし悔しさより先に明日香はほっとしていた。頭部への死球は恐怖心を刻み込むものである。無意識にも身体が逃げてしまい、本来の打撃を見失う。プロ野球選手であってもそれは例外ではない。
その後も何度も大きな打球を飛ばし、悠大の打撃練習は終わった。打ち終わったボールをカゴへ集めながら悠大は優太に声をかけた。
「おれは大丈夫だから、気にすんなよ。見たろ?特大ホームラン」
不意を突いてかけられた優しい言葉に、優太は感極まってしまった。
「お、おい!そんなんで泣くなよ!」
突然泣き出したことに悠大は動揺した。優太はしゃがみこむでしまった。事態を察した明日香が急いで駆け寄る。
「中学の時にも同じようなことがあって……。その時はピッチャーを降ろされた後、無視され続けてたから……。」
泣きながら全てを話した。
中学1年でエースになったこと。
それが原因で先輩に煙たがられていたこと。
イップスになったこと。
「イップスならそうと早く言えよな!克服したいなら手伝うぞ。なあ、みんな?」
一同が頷く。隠していたことは全員にバレた。しかしそれで良かったと優太は感じていた。
ここには協力してくれる仲間がいるではないか。優太は涙を拭くと、再び立ち上がった。
「よろしくお願いします」
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