第十九話 『それぞれの理由と目標』

「公式戦で1勝、でどうかな」

優太が提案した。

「ひっくー」

杏菜がヤジを入れた。伊織もやれやれと言った表情をしている。2ヶ月ちょっとすればもう始まってしまう。そう、初めての夏の大会だ。今はその大会が終わるまでのチームとしての目標を立てている最中だ。

「ならベスト16とか?」

優太が再提案するが、これにも伊織はため息をついている。

「目標なんだろ?高く掲げないと意味ねーじゃん」

伊織はあくまで理想を追うことをチームに求めた。

「兵庫県って何チームくらいあるの?」

高校野球に疎い杏菜が聞く。

「確か150から160校くらいだったような」

悠大が答える。

「ええっ!そんなにあったの!」

杏菜は衝撃を受けている。年によって微妙な差はあれど、兵庫県は全国でも5本の指に入るほどチーム数が多い。これは東西に分けられてる東京よりも遥かに多い数だ。

「つまりベスト16に入るなら少なくとも3、4回は勝たないといけないってことね」

雅也がすぐに付け足す。さすがに頭の回転が早いだけはある。

「えーっ、なんか無理そう…。多くて50校ぐらいだと思ってた」

杏菜が急にしょげるのも無理はない。甲子園に出場する高校はほんのひと握りでしかないのだ。だからこそ目指す場所ではあるのだが、ただひたすらに遠い。

「でも私は田沢くんに賛成するよ」

現実を突きつけられ暗くなった雰囲気をいつものように明日香が壊した。

「もしや甲子園出場とか言う気?」

優太は明日香のことがわかっていなかった。もっと上だ。


「そりゃもちろん、全国優勝でしょ!」

これにはさすがの伊織も笑うしかなかった。いやいや、と優太も苦笑いを浮かべている。しかしそんな自分を情けなく思う自分もどこかにいる。

「全然まとまんないねー」

しばしの静寂の後、さすがに大小様々すぎる意見の応酬に杏菜が飽き始めた。間延びした話し合いに優太がピリオドを打った。

「まぁ目標はもう少しチームとしてまとまってきたら考えようか」

優太は順序を間違えたと思った。そもそもまだ人数だって揃っていない。出場権すらないのだ。

「今は選手全員合わせて8人。欲を言えばピッチャーをあと2人くらいほしいなぁ。最低でも、初心者だとしても1人は勧誘しないとな」

優太が誰に向けた訳でもない発言をした。独り言というやつだ。しかし声は周りに丸聞こえである。

「おいおい、あと2人は必要だろ?女子は試合出れないじゃん」

伊織が繊細なところを突いた。優太が反論しようとするより先に、明日香が割り込んだ。

「そうだよ!大会に出るにはあと2人はいるよ!内野手とピッチャーが欲しいところだね」

優太は明日香の寂しげな表情を見逃してはいなかった。しかし言い返せるような言葉は見つからなかった。

「今は今いるメンバーで頑張ろうよ」

さっきの独り言とは矛盾していた。しかし優太はこう言うしかなかった。

「あれ?そう言えば…」

優太が何やら思いつく。

「なんで野球部もない高校に入ったの?」

質問は全員に投げかけられていた。

「俺は俺が1番目立てるチームに入りたかったからかな。誘われなくてもゼロから部活を作る気だったよ」

と言うのは伊織だ。彼曰く「強いチームより弱いチームの方がやりがいがある」ということらしい。非常に伊織らしい答えだと優太は思った。

「自分は野球はやれるならやりたかったけど、絶対ってほどではなかったから…。家から近かったし」と頼人は自信なさげに発言をする。大半はこの言葉に頷いた。頼人は野球が好きだった。でも中学まではレギュラーになれたことがなく、プレーには全く自信がなかった。でも人数の少ない新生チームでならあるいは、と思ったのだ。もしかしたらこのチームは、そういう悔しい思いを経験してきた人達の救いになっているのかもしれない。経緯こそ違えど、優太も同じ気持ちだった。悔しさをぶつける場所、それがこのチームだというのなら、頑張って野球部を作った甲斐もあると思えた。優太はパンと手を叩き、こう言った。

「さぁ、野球を始めようか」

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