第十七話 『9人いナイン?』

「えーといきなり威厳がありませんけど、一応現時点での主将をしている荻野優太です。改めてよろしくお願いします」

まばらな拍手が起きる。拍手が鳴り止んだことを確認し、 続ける。

「今日は軽く自己紹介をしたら、早速キャッチボールと全員での内野ノックをしてみなさんのレベルを知りたいと思います。自己紹介では経験のあるポジション、高校での希望ポジションは最低限教えてください。じゃあ、時計回りに」

優太は少し緊張の面持ちであるが1歩円陣の中へ出ると一度全員の顔を見渡してから自己紹介を始めた。


「まずは自分から。荻野優太です」

そう言いかけると、明日香からツッコミが入った。

「さっきも言ったよ!」

あっ、と優太は動揺した。あたふたする様子に、1人を除いて笑った。優太は気を取り直してリスタートする。

「豊中市出身です。ポジションはピッチャー、高校でもピッチャーをやりたいです。主将はやったことないので、みなさんサポートお願いします」

やや照れた表情の優太は隣の男子へバトンを渡す。

「えっと、久米和希です。小学生の頃から野球はやっていて、ポジションはレフトかファーストでした。高校でも希望ポジションは同じです。長打力には少し自信があります。趣味は洋楽を聴くことです。同じ趣味の人がいれば嬉しいです。よろしくお願いします」

和希がぺこりと頭を下げる。背は周囲より低めではあるが、自分で言うだけあって筋肉質な体つきをしている。優太は人間観察には長けていると自負している。和希の隣の生徒が話し始める。


「えっと、あの、山本頼人です。ここ、地元の宝塚市出身です。えー、守備にはあまり自信がないのですが、ポジションは…」

「ライトだ!」

途中まで話したところで、明日香が口を挟む。

「あっ、はい」

頼人が恥ずかしそうに頬をかく。180センチはあるだろうか、ここにいるどの生徒よりも大きい。そんな大柄な頼人だが、縮こまってあまり大きくは見えない印象だ。

「試合は緊張してしまうので、あまりいい思い出はなくて…。あっ、でも高校では頑張るって決めたんです。これからよろしくお願いします!」

少したどたどしい挨拶ではあったが、決意は固いようだ。次は雅也が一歩前へ出た。


「木下雅也です。足には自信があるので、ポジションはセンターでした。大阪市内に住んでいます。高校でも続けたいと思ってます。みなさんよろしく」

既に知っている人が多いからだろうか、雅也はあまりかしこまらない。勢いよく次へとバトンが渡る。


「森田慎太郎です。サードやってました。よろしく」

あまりにそっけない。明日香と杏菜はお笑い芸人ばりにずっこける素振りをすると、軽快にツッコんだ。

「いやもう終わりかーい!」

場の空気を盛り上げようとしたのだろうか。2人で打ち合わせでもしたかのような息の合ったツッコミだったが慎太郎は全然反応をしない。明日香は露骨に不機嫌そうな態度を示すと、「じゃ次行こっか」と言って指を指す。


「うん?あ俺ね。田沢伊織。神戸出身。バッテリー以外ならどこでも守れるよ。でも高校ではショートに専念したいな。あと守備と足には自信があるかな。攻撃面で言うなら小技は任せて。2番向きだと思うよ」

少し馴れ馴れしい話し方をする伊織は、どこかお高くとまった雰囲気を醸している。悪くいえば自分以外の全員を見下しているかのようだ。優太はちらりと明日香の方を見ると案の定、先程に引き続いての不機嫌スマイルを浮かべている。確かに明日香と伊織はどこか波長が合わなさそうな感がある。初対面でなければ明日香が噛みつくまでの想像が容易につくほどだ。伊織はどうだと言わんばかりに周囲を見渡しながら、野球部にしてはかなり長めの髪を手で整えている。明日香が噛み付く前に、優太は次を指名した。

「じゃあ次は俺だな。堀川悠大って言う名前だ。京都から今年、神戸に引っ越してきた。親父の影響で野球は生まれてからずっとやってる。そんでずっとキャッチャーだったから特に荻野くん、バッテリーとしてよろしくな!」

悠大が握手を求める。しかし優太はさっと手を差し出すことが出来なかった。優太はピッチャーとして期待されることには一際怖さを感じていたのだ。投げられないピッチャーなんて必要とされるはずがない。瞬時に凍りついた優太の顔を見て明日香が異変に気付き、すかさずフォローを入れる。小声で周囲に聞こえないような囁き声だ。

「優太くん、大丈夫だから」

その言葉に優太はハッとした。ぎこちないながらも笑顔を浮かべ、手を握り返した。

「一緒に頑張ろう」

明日香はひとまずほっとしたが、今後に不安を残す場面となった。

時計回りに進んでいった自己紹介は、残すところ杏菜と明日香のみとなった。悠大と優太の握手を見届けると、杏菜が一歩前へ出た。


「水野杏菜です。野球は甲子園をテレビで見る程度だから詳しいことは全然わかりません!でもマネージャーとして精一杯サポートします!あと内部生だから学校のことで困ったことがあったら何でも聞いてね。よろしくー!」

杏菜はいつもこうだ。フランクで取っ付きやすい、いい性格をしている。明日香に引っ付きすぎなところを除けば、完璧と言ってもいいかもしれない。そしてその杏菜が慕う明日香の番が回ってきた。


「喜多明日香です。杏菜と同じく内部生です!ポジションはセカンドで、時々リリーフでピッチャーもしてました!高校でも選手時々マネージャーとして頑張りたいです。よろしく!」

空気が明らかに変わった。女子だからマネージャーだろうという思い込みが見事に砕かれたのだ。まさか選手だとは。そんな様子が表情から伺える。優太も少し誇らしかった。苦しみながらも野球を続ける明日香のことが誇らしかったのだ。杏奈も清々しい表情の明日香を見て安心している。これで一通りの自己紹介が終わった。なんだかんだで全員経験者じゃないか。優太は驚きながらも期待を膨らませていた。

「それじゃあ早速、練習着に着替えよう」

優太が取り仕切る。円になっていた選手たちは散り散りに各自の鞄を取りに戻る。そしてそれぞれユニフォームに着替えていく。紺のアンダーシャツに白無地のユニフォームだったり練習用のベースボールティーシャツ、それに試合用のユニフォーム。それぞれの個性が際立っている。優太は紺のアンダーシャツに同じく紺のベースボールティーシャツ、通称べーティーを着ている。暫定的に今は女子が部室で着替え、男子は外での着替えとなっている。誰が言ったわけでもないがさすがに女子が外というわけにもいかないので、自然とそういう流れになったのだ。明日香は黒の長袖べーティーに白のユニフォーム姿だ。全員が着替え終わったのを確認すると、優太は再集合をかけた。

「グラウンド1周ランニングをして体操、その後にキャッチボールするから2列で並んで!」

優太の号令によってぞろそろと並んでいく。優太の隣には自然と明日香が並んだ。列を正し、正面を向く。紫陽花高校硬式野球部の記念すべき第一歩だ。照りつける陽の光の下で優太たちは軽やかに走り出した。

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