第十二話 『束の間の物思い』
5限目の数学の授業が半分ほど過ぎた頃だった。数学が大の苦手である優太はくるくるとペンを回しながら外を見ていた。教科書にはてんで興味がないといった様子である。
窓の外からは入部届けを配った広場、そこにある階段を下れば校庭が見える。校庭の奥にある中学校舎は連絡通路で高校校舎と繋がっている。丘の中腹にある学校だけあって、敷地内でも建物の高低差が大きい。ここ数日の慌ただしさを風景を眺めながら振り返っている。
優太は勧誘チラシを配ったときに野球経験者だと言っていた彼が昨日入部届けを配った時にはいなかったことを思い出した。確か県代表にまで選ばれたと言っていただけに、何としても勧誘したかったところだ。優太は連絡先と名前くらい聞いておけばよかったと後悔した。授業中ながら別のことで頭を抱えた優太を、後ろから明日香が少し呆れた表情で眺めている。
あとは大橋だ。彼も経験者である上に筋肉質な身体はパワーヒッターを予感させる。仮に2人とも入部すれば公式戦を戦える人数になる上に、かなりの戦力アップになるはずだ。もちろんまだ野球をしているところを見たことはないから能力は未知数だ。あまり期待はしないでおこう、優太はそう考えることにした。
そんなことを考えているうちに優太は徐々に眠気に誘われた。淡々と授業を進める年配教師の声は、入学から止まることなく突き進んで疲れの見え始めた優太を眠らせるには充分なものだった。優太は頬杖をつき、目を瞑った。春の暖かい風が心地良さを運んでくる。それに心做しか明日香の香りがした気がした。
明日香はとても強い人だ。大切な人を奪う結果になった野球に、それでも立ち向かい続けている。明日香を守りたい、明日香の夢を手伝いたい。優太は薄くなっていた意識の中で、明日香のことだけを考えていた。
入学してから明日香とずっと一緒にいた。まだ1ヶ月も経っていないけれど、これからもずっと明日香と共に何かに向かって走り続けていたい。いつしかそう思うようになっていた。
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