第十話 『全員確保せよ』

広場へ出るとそこには退屈したような男子生徒が6人待っていた。明日香はどうだと言わんばかりに勝ち誇ったような表情を優太に送っていた。しかし優太はどこか違和感を感じていた。

「明日香、なんか多くない?多い分にはありがたいことなんだけど」

優太は教室での会話を思い出す。たしかに明日香の発言よりも1人増えている。

「言われてみれば、誰かが増えてるね。えと、誰が増えたんだろ」

「わかってないのかよ」

優太はおどけるともう一度6人の方を見た。目の前にあるのは希望の人だかりだ。そしてこのチャンスを決して無駄には出来ないと思った。優太の隣にはまだ知り合って数日の明日香がいる。たかだか数日の仲だというのに、優太の拳には力が入っている。明日香ばかりに頼るわけにはいかない。そう思った優太が今度は先に踏み出した。


「じゃあそろそろ説明をさせてもらうから、こっちに注目してください!」

そう言うと視線が一気に優太に集まる。こういうのは彼の苦手分野だ。緊張して言葉が上手く続かない。見かねた明日香は優太にバレないようにふふっとひと笑いすると、優太の隣からさらに近づいて視線を攫った。

「まずはこちらから自己紹介しますね。私はマネージャー時々選手の喜多明日香です。みなさんと同じ1年だからタメ口で大丈夫です。そして隣であたふたしてたのが荻野優太くんです。彼も1年だしこんな感じだから沢山いじってあげてください」

疎らではあるが笑いが生まれた。場が少し温まったことを確認して、明日香は続ける。

「この学校はご存知の通り、去年までは女子高でした。なので硬式野球部は今年から設立することになります。部活動設立だけなら5人集まれば出来ますが、野球をするならもちろん最低9人が必要です。今集まってもらった6人みなさんが力を貸してくれるなら、私を含めてあと1人でひとまず野球が出来るということになります。なので是非入部してくれたらありがたいです。先輩もいませんし1年からレギュラーになれるので楽しいと思います」

明日香にしては珍しく丁寧な口調で説明をしていく。所々が砕けた表現になってはいるが、少なくとも気持ちは伝わりそうな演説だった。

明日香はどこからともなく入部届けを取り出すと優太を含む全員へ配っていく。四つ折りにしていたため折り目だらけになっているのが明日香らしい。集まった6人の反応はそれぞれだった。広場の植え込み前にある円形ベンチに座って既に書き始めている人、そのまま鞄に仕舞う人、紙を見つめながら迷っている人などがいる。

優太は誰よりも早く書き終えると明日香の肩をポンと叩き、優太は紙を差し出した。振り返った明日香は不思議そうな顔をし、あーなるほどと悟った表情で口を割った。

「私はあくまでマネージャーだよ。暫定の主将は優太くんでしょ?」

明日香はわざとらしくウインクを送ると、優太が差し出した手をすっと押し返す。きょとんとする優太は少し滑稽であった。明日香との会話を聞いていた杏菜は優太の元へと駆け寄り、入部届けを差し出した。

「えっそんなはずじゃなかったんだけど」

明日香へ目で助けを求めたが、明日香は意地悪な笑顔を浮かべただけだった。渋々優太は杏菜の入部希望書を受け取ると自らのそれと重ね合わせたのだった。杏菜に続いて入部希望者全員が優太の元へ書類を提出した。優太は彼らのことが完全に頭から離れてしまっていたが、どうやら迷っていた人ややめようと思っていた人を周りの人たちが誘い合わせ、全員で入部を決めたらしい。優太はそれを受け取ると、ひとまず入部希望者は挨拶を残して駅の生徒専用通路へと帰っていった。残った優太と明日香、そして杏菜は手にした書類をまじまじと見つめた。


「…やった!全員入部だ!」

薄暗くなってきた木陰の中、優太はガッツポーズをして喜んだ。杏菜は勢い余って明日香へハグをしている。抱きつかれた明日香はふと思いついたような表情で何かを呟くと、鞄を漁りながら優太の元へ近づいてきた。取り出したのは入部希望書だ。


「はい、優太キャプテン。マネージャー希望の喜多明日香です。これからよろしくね」

夕焼けを背に受けた明日香の笑顔は、とても眩しかった。

「馬鹿だな、選手としても頑張ってもらわないと駄目なんだからな」

優太はそう言うと、両手でしっかりと紙を受け取った。明日香はふふっと笑うと、出会ってすぐの頃のような表情をしてこう言う。

「優太はまたかっこつけたようなこと言って。さっき緊張して口パクパクしてたくせに」

いたずらな明日香の顔つきと言葉に、優太の顔はみるみると赤くなった。

「ま、まあいいじゃん!そんなことより職員室に提出にし行こうぜ!」

取り繕いながらも口から出たまともな言葉を盾に、優太は鞄を拾い上げ再び校舎へも戻ろうとした。そして優太と明日香は気づいた。提出先がないのだ。2人は声を合わせてあっと叫んだ。


「顧問がいない!」

そう硬式野球部はまだ正式に誕生していないのだ。顧問などいるはずもない。どうやら明日出直して担任あたりから情報を聞き出すしかなさそうである。幸先の良いスタートを切った「硬式野球部」だったがまだまだゴールは、いやスタートラインは遠そうだ。

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