第九話 『放課後の縁』
登校時に配布していたチラシには、意外にも女の子らしい字でこう書かれていた。
「硬式野球部員大募集中!初心者大歓迎です!少しでも興味がある人は4月6日放課後、下足室前広場に来てください!」
4月6日というのが今日である。土日やら入学式やらを挟んで授業日2日目だ。いくらなんでも配布した当日に呼びかけるというのもどうなんだ、と優太は少し疑問に感じていたが、動き出しが早いに越したことはない、そうも思った。
生憎いきなりの掃除当番に任命されてしまった優太は、明日香のことを気にしながらてきぱきとブラシの毛が薄くなったホウキで床を掃いていく。
教室を一通り掃き終わると、廊下へと優太は場所を変えた。どこからともなくすると黒ずんだ硬式のテニスボールが転がってきた。これはさすがにゴミ…だよな、と優太は正に汚い物を触る手つきでそれを摘み上げた。そのまま教室の中へ戻ると、端の方へ寄せられていたゴミ箱へと向かって放り投げた。ボールは吸い寄せられるようにゴミ箱の内側へ当たると、そのまま中でバウンドして、ゴミ箱へ収まった。
「ナイスボール」
男女入り混じった声に優太はびくっとした。背後には大柄な坊主頭の男子が立っていた。隣には優太と同じ掃除当番の女子もいる。
「えっ?」
坊主頭の男子と掃除当番の女子は顔を見合わせた。どうやら声が重なったのは偶然らしい。
「ちょっと真似しないでよ」
「お前が真似したんじゃねーか」
漫画やアニメでよく見た光景に優太はくすっと笑ってしまった。それと同時に2人の視線が優太へ向けられる。そして優太はこういうシーンでの最適な台詞を口にした。
「2人とも仲良いな」
「仲良くなんかない!」
未来予知でもしたかの如く予想通りの反応に優太はまたも腹を抱えて笑った。今回こそはツボにハマってしまったらしい。優太の笑い声はしばらく治まりそうにない。
その時突然教室の扉が開いた。
「ちょっと優太くん!遅いと思って見に来たら。遊んでないで早く野球部に来てよ」
怒っているのか興奮しているのか、とにかく大きな声で明日香は優太を呼びつけた。優太の顔は一気に真剣なものに変わる。
「ごめん、遊んでるつもりはなかったんだ。新入部員はどう?集まった?」
優太は自分の無責任さに罪悪感を感じた。何から何まで明日香に任せきりだったのだ、当然である。明日香の返答は優太の予想を遥かに超えていた。
「どうって、5人も来たんだよ!しかもみんな経験者なんだよ、すごいでしょ!だから早く来て」
優太は驚いた。明日香を信頼していなかったわけではないが、ここまでとは思っていなかったのだ。仮に5人全員が入部したとして、優太と明日香を加えると7人だ。練習試合をするだけならあと2人、公式戦をするならあと3人だ。一気に部活動らしくなってくる。
「お、おれも1人勧誘してたところだったんだ。この人、えっと名前、誰だっけ」
優太はふと思いついたことを口走った。いわゆる「ピンと来た」というやつである。
「どういうことだよ。名前ぐらい覚えとけよ。同じクラスの大橋海斗」
言葉遣いは荒いものの、しっかりと名乗ってくれるあたり悪い人ではなさそうだ。優太は目線を隣の女子へ向ける。彼女は察したように口を開いた。
「うん?あっ、私ね?私は水野杏菜。小学校からこの学校の内部生だよん」
初対面から砕けた挨拶をするのは女子特有なのだろうか。優太は明日香に似た雰囲気を彼女から感じ取った。杏菜は続ける。
「そういうやさっき野球部とか言ってたけど、まさか1から作るの?」
そういう反応になるのは優太も経験済みだ。冷静にことのあらましの説明に入ろうとした優太だったが、杏菜の質問は明日香の方を向いていた。
「ごめんね、杏菜。私やっぱり野球を諦められなくて。一緒に水泳部入るって言ってたの、守れそうにないの」
杏菜は右手を顎に当て、少しの間考えていた。そして表情がぱっと明るく変わった。
「じゃーわたしも入ろっかなー。水泳がしたかったわけでもないし、正直明日香と一緒に部活が出来たらそれでいいんだよねー。野球は全くわからないけど」
「杏菜はいつもそうなんだから。いい加減私に付いてくるばっかりじゃなくて自分のしたいことをしなよ」
明日香はやれやれ、と言ったジェスチャーで優太の方を見た。明日香は半ば諦めたように優太へ声をかける。
「優太くん、とりあえずマネージャー1人確保ってことでいいかな?」
優太は場の空気に流されたような形で頷いた。
話が纏まったところで、優太は海斗のことを思い出した。すっかり置いてけぼりにしてしまっていた。
「大橋、くんは野球の経験あったりする?」
海斗は顔を逸らした。
「中学までずっとキャッチャーやってた。けど高校では野球はやらない。野球部がない学校をわざわざ選んだんだ」
海斗はこれ以上触れられたくなさそうな態度をとった。じゃあな、と言って海斗はホウキを掃除用具入れへ戻すと足早に教室を後にした。場の空気はひんやりとしていた。
「あっ!下に入部希望者待たせてるんだった!」
明日香の一言で空気が変わった。意図して変えようとしたのではなく、嫌でも空気は変わった。こんなことで取り逃してしまうわけにはいかない、明日香と優太は顔を見合わせた。
「杏菜も付いてきて」
同じく入部希望者である杏菜を呼び寄せると、3人は足早に1階の広場へと降りていった。
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