第二話 『脳内反省会』


大阪府と兵庫県の県境、厳密には兵庫県に属する私立紫陽花高校は、昨年までは女子高であった。


閑静な住宅街を臨むなだらかな丘の中腹部にあり、麓の町を見下ろす位置にある。一軒一軒の面積が大きい豪邸が立ち並ぶ姿は街の雰囲気全体を気品あるものにし、この地域を高級たらしめている。

最寄り駅には自動改札機が西口と東口で合わせて4機、そのうち1つは紫陽花高校直結の生徒専用改札口である。


改札を出てすぐ、まず左手に見えるのが幼稚園だ。幼稚園にしては大きめの園庭で、早くも園児たちがはしゃいでいるのが見える。改札から真っ直ぐに歩き右手にあるのが高校校舎、正面にあるのが中学校舎である。

斜面になっているため、やや高校校舎の方が高さがある。高校校舎と中学校舎に挟まれるようにして、共同利用にしては少し狭い校庭がある。小学校はと言うと、斜面の中程にある校庭から50メートルプールを挟んで奥まった位置にあった。校舎入口前には何故か蒸気機関車が展示されている。


そんな幼稚園から高校までの一貫校として作られた紫陽花高校は言わば「お嬢様学校」の代表格だった。紫陽花高校に入学したばかりの荻野優太は、男女共学の高校として発足して以来の記念すべき第1期生ということになる。


高校校舎に辿り着いた優太は数分前のことを思い出していた。後悔の真っ只中だ。


自分のいる場所が中学校舎だとは露知らず、優太はやや緊張の面持ちで1年B組の教室前で立っていた。室内から聞こえてくる楽しげな様子とは正反対だった。この時点で自分は大いに間違えていたのだ。


「頼むからおれの他にも男子がいますように…」

そんなことをぶつぶつと呟いている。

優太はこの学校が今年から共学になったということを今の今まで知らなかったのである。もしこれで男子がクラスに1人しかいないなんてことがあれば、併願受験して公立高校に滑った自分を呪うしかない、と優太は思った。


優太は教室の扉に手をかけたが、なかなか開く勇気が湧いてこない。通学中に同じ制服を着た男子を見かけた覚えがほとんどなく、違和感が確信になったのはついさっきのことである。

最寄り駅はこの学校の名前が冠になっているが共学高へと変更をしたことに間に合わなかったらしく、まだ駅名が「紫陽花女子高前」駅のままだったのだ。

焦る気持ちを抑えるためふっと息を吐くと、決心した優太は勢いよく扉を開いた。


そこは女子生徒が着替えをしている最中の教室であった。

すぐに頭が真っ白になる。直後にここは中学校舎の1年B組で、女子テニス部の朝練後だというのに優太は気づいた。

教室の中で着替えていたのは明らかに中学生だったし、先程通った時にテニスコート裏の部室棟が建て替えの最中で使用禁止となっている旨の張り紙が貼ってあった。それに目の前の女子の中にはまだテニスウェアを脱いでいない生徒もいる。

一瞬の間に一通りの推理を終えると、自らの置かれている状況を理解した。これではまるで変態ではないか。


その後中学校舎に間違えて入ってしまっていたことを知った優太は、今度こそ正しい教室へ入った。

目の前に下着の女子中学生がいない。


そんな当たり前の状況に安堵した。そうして今に至っている。

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