第三話 『硬式野球部に入りなさい!』
優太は出席番号順に割り振られた席に座ると、きょろきょろと周囲を見渡した。そうしなければならなかった理由は2つだ。
1つは先程の光景を見た人はいないかどうかだ。見られていたら多少のプライドは捨ててでも口止めをしなくてはならない。
大事なのはファーストインプレッション、つまり第一印象だと聞いたことがある。悪気がなかったとはいえ、優太の行為は一般的には覗きなのだ。
誤解を生む前になるべく広めないようにしなければならない。
もう1つは他の男子生徒の数だ。女子校から共学校に変わっての初年度である。他に男子がいないことは容易に考えられる。人によってはこれをハーレムだと捉えることが出来るだろう。しかし優太はそれほど図太い人間ではなかった。
グループを結成し、互いに守り合うようにしなければ心を挫いてしまうほど、繊細な一面を持っている。
しかしこれは杞憂であった。ざっと見渡す限り、幸い全体の3割くらいは男子だ。最悪の場合、自分1人というとこも想定していたので、そのことに関しては安心した。
しかしここは幼稚園から高校までの一貫校である。大半の女子は内部上がりの生徒であったため既にグループが形成され、クラス分けの結果に話が弾んでいるようだ。全員が外部からの入学である男子とは正反対の様相である。
とりあえず前の席の人にでも話しかけようかと思ったとき、後ろから何かでつんつんとされていることに気づいた。振り返るとそこには童顔な可愛らしい女子が座っていた。
「君、さっき覗いてた人だよね。中学校舎で」
いきなり地雷を踏まれてしまったようだ。童顔な顔立ちからは想像がつかないほどタチの悪い表情をしてみせる。
優太はすぐに手に持っていた座席表を見て彼女の名前を確かめた。
喜多明日香というらしい。
「喜多さん、あれは誤解です。中学校舎と間違えて…」
優太は必死に弁明しようとした。途中で明日香が口を挟む。
「話しかけんなロリコン」
またしても嫌味たっぷりな表情で優太を罵倒した。
「話しかけたのはそっちだろ!ってかロリコンはないだろ、1か月前までおれたちも中学生だぞ」
優太も応戦する。
しかし明日香の次の一言で、優太は完全に対抗出来なくなった。
「友達に言っちゃおうかなー。荻野くんはロリコンで覗き魔だ、って」
そんなことをされれば入学早々孤立してしまう。周囲に声が聞こえていないか必死に確かめる。幸いまだ誰にも気づかれてはいないようだ。
「やめてください」
優太は必死にせがんだ。明日香はお決まりの表情をしてこう切り返した。
「そしたら1つ条件をつけてあげる。その返答次第では考えてあげる」
優太は間髪入れずに質問する。
「じょ、条件ってなんだ」
明日香の目が少し光ったように優太は感じた。
明日香は食い気味に机の前に体を乗り出した。
「硬式野球部に入りなさい」
「は?」
優太が困惑する。そして同時に優太は違和感を覚えた。ここは今年から共学になったはずだ。硬式野球部なんてあるはずがない。優太はからかわれているのだと思い、一言でこう返した。
「いいよ」
これは駆け引きだ。優太には一切の本意はなく、あくまで適当に返した言葉である。
すると今度は明日香が困惑した。次第に表情は明るくなり笑顔になった。
「うん?…えっ、本当に?」
優太は握手を求められた。
彼女はありがとうと言った。
冗談だと思い込んでいた優太はまたも困惑した。
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